フィールドワークとして生きる

村上陸人

なぜ経験について書くのか


 私たちの世界は、私たちの経験と、経験が可能にする想像によってつくられている。

 だから、経験を重視した生き方をしたい。

 経験を重視した生き方は、フィールドワークとして生きることで実践できる。

 これを伝えたい。


 フィールドワークは人類学の手法だ。私は大学でちゃーんと人類学を専攻したので、偉そうに書いても怒られないでしょう。あくまで私の解釈なので、あしからず。


 人類学はフィールドワークをする。フィールドで、ワークをする。フィールドとは調査対象のいる場所だ。ワークは人類学者の仕事、観察し、思考し、記録することである。加えて、もう一つのワークがある。フィールドに働きかけること、営みに参加すること、実践することだ。観察と参加の両面があるため、この手法は参与観察と呼ばれる。

 フィールドで、人類学者は現地人と共に暮らす。一般的には、2年間という比較的まとまった時間を共有する。彼らの生活様式を経験し、徐々にコミュニティの内部に入っていく。現地人の話を聞くだけでなく、現地人と一緒に農作業などの仕事もする。こうして人類学者はだんだんと現地人のようになっていく。

 その一方で、人類学者は観察と記録もする。このとき、重要な気づきは、しばしば人類学者自身の変化からもたらされる。コミュニティの成員として認められことで重要な情報にたどりついたり、長い時間を過ごすことで現地人の心が深く理解できたりする。それだけはではない。営みに参加することで現地人になりかけている人類学者は新たな視点を獲得している。かつての私とは異なるが、かといって現地人とも異なる、中間的な私。このポジションから人類学者は対象社会と自社会の双方を相対化する。変化すること、何か別の存在になりつつある状態から、面白い世界が見えてくる。それを本にすると、民族誌ができあがる。

ちなみに、この過程で変化しているのは人類学者だけでない。人類学者の到来は、フィールドを揺るがし、変容させる。例えば。

 最寄りの都市まで歩いて3日かかる(と聞いている)この村に産まれ、親族で畑を耕している。この村には私たちの他に15世帯いるが、もちろん知り合いだ。というか、みな少し離れた親族関係にある(らしい)。村の外にも行くことがある。歩いて半日のところにある売店はいきつけの店だ。それから、収穫祭のときは2日歩いたところにある大きな村で、1週間くらい過ごす。結婚したのだってそこだ。ある日村長が「ガイコクジン」を連れてきた。見たこともない見た目だ。鼻がペシャンコで、皮膚が黄色い。ペシャンコの鼻に、ガラスと金属出てきたものをつけている。この間売店に来ていた医者がつけていたのに似ている。あれ、かりてつけてみたけど、凄く気持ち悪くなるんだよね…

 現地人にとって、人類学者との出会いは異質な他者との遭遇である。自分たちの生活に人類学者が足を踏み入れることにより、新たな経験が生じる。生活は変容し、世界観も変容する。

人類学者は「現地」というフィールドと相互作用をする。相互作用が互いを変容させ、新たな経験、世界を生む。現地人は例えば「ガイコク」というフィールドと相互作用をし、相互の変容、経験の生成を引き起こす。

 もっと言ってしまえば、私たちは誰もが、環境との相互作用のなかを生きている。私は環境に働きかけ、環境は私に働きかける。その結果、私も環境も変化する。そうして、経験が生成され、それが世界をつくっている。


 要するに、人はみなフィールドワーカーだ、ということだ(東京外大出版の書籍で、そんな名前の本があったような)。

 この、フィールドワークを、生き方として実践していきたい。

 そうすれば、面白さを感じ続けることができると思う。



日常をフィールドワークする


 話がやや抽象的になってしまった。

 フィールドワークを生き方として実践するとは、具体的にはどういうことなのか。

 昨年の四月、会社員という身分を獲得した。それ以来、会社というフィールドに参与し、観察している。

 会社という組織には謎の取り決めが大量にある。例えば検印なるものがある。下っぱ社員は、目上の人の「検印」がないとほとんど何もできない。製品在庫の移動も、廃却も、交通費の精算もできない。

 では、目上の人はそれらの内容をチェックしているかというと、必ずしもそうではなく、たいてい機械的に押印している。その姿を目の前にすると、何をしているんだか…という気分になる。「検印」は無駄が多く、目的や意味が不明な、謎の儀式に見える。

不可解な事象を目の前にしたとき、フィールドワーカーは自ら活動に参与することを通して事象への理解を深める。

「検印」活動に参与してみる。廃却すべき製品のリストに上司の検印をもらい、書類を然るべき宛先に送ると、肩の荷が下りた気分になる。リストは私が作成したのだが、それが今は私の手を離れ、私の関係のないところに消えていった。リストに対する責任はもう感じない。この、離れていく感覚はいつから生じるのか。検印をもらったときからではないか。上司の検印は、彼が了承済みであることを意味する記号である。検印が責任の受け渡しを表現している。下っぱオペレーターが作業の全ての責任を負っていたら、プレッシャーで押し潰されてしまうだろう。上司が責任をとる意思を表明することで、部下が次々とタスクをこなせる環境が整う。この構造は重層的で、上司も彼の上司に責任を引き渡し、最終的には全て社長の責任、ということになる。では、社長はプレッシャーで押し潰されるのか。多分そうではない。ここで、検印の不完全さが効いてくる。すでに述べた通り、上司は専ら機械的に検印を押している。多くの書類が、精査されることなく流れていく。このことは組織内で広く認識されているので、いざというときの言い訳が通用する。「チェックが漏れておりました」「モニタリングが不足しておりました」などなど。この言い訳で、上司は部下のミスを責めることができる。責任の差し戻しである。ある程度の曖昧さ、ゆるさを保ちつつ、組織内で責任がぐるぐるとパスされることで、いつの間にやら誰もが他人事として業務を処理している。こう考えると、検印は組織(非個人)としての行いを支える根幹と言える。

 検印という、会社での営みについて、二つの見方を書いてみた。片方は外から見た見え方、もう片方は中から見た見え方と言える。どちらの見え方も、同様に成立する。どちらかがより正しいというわけではない。視点が違うだけだ。そう考えると、「まぁなんでもいいか」という気になってくる。正しいと感じるのは、今取り入れている視点が普遍的だと勘違いしているからで、そんな普遍的な視点など、ない。よって、正しさも、ない。なんだか優しくなれそうな気がしてくる。

 これが、フィールドワークの醍醐味だ。経験を通して世界の見え方の幅を広げ、それまで当たり前だと思っていたことが、実は当たり前ではないことを悟る。そうして当たり前を支える前提を壊していく。当たり前が社会で振るう猛威を崩すことはできなくても、少なくとも自分の中でぶっ壊していく。