一
ぼくはまったくの無名で、文章だって本腰をいれるようになってから十年しか経っていない。だが、いい文章は、貰った瞬間にすぐにわかる。読まずとも。同じようなことを、日本語文の大家・谷崎潤一郎が『文章読本』か何かに書いていた。作風のまったくちがう、たしか志賀直哉の文は読まずともいいとわかる、美くしい、とか。
原のエッセイの書き出しを、文章の巨匠と比べるつもりはない。というより、比べようがない。どうでもいい。編集者でありながら、しかも、真面目に読んでいないのである。
何が書かれているか、どうでもいい。ほとんどぼくは、改行(段落分け)の間と、遠目で見たときの句読点のリヅムしか、呼吸していない。東京から電車の旅に出て、長旅の末、ようやく駅に降り立ったとき、はじめに感じる空気の美味さが、頁を開いた途端する──そしたら、入れ歯ポリッシュについて書かれていようが、Oxymoronについて書かれていようが、いっこうにかまわぬ。久しぶりに会った旧友の、知らないことは、会った瞬間の空気ですぐ分かる。
ところで、音楽家か詩人ならこういうかもしれない。
「言葉は噓をつくが、音は欺かない」
それにしてはミュージシャンこそ、嘘吐きばかりだが─裏切っているのは言葉の方ではなく、ぼくたちの方なのでは? 音は欺かないから安心なのではなく、むしろ逆で、常に不安の只中におかれる。「これは本当ではない」─これが音のもつた一つのセンテンス、なにしろ噓がつけないのだから。
人は噓をつくが、その噓をついたという事実、あるいはその顔はその人のありのままを現わしている。ぼくたちは全裸で街を歩いている。何をやっても噓ということがない。猫はそういう目で人間をみている。その目できみを見てくる人がいたら、結婚するしかない。いや、いたとしても、じつはその目はきみのものなのだ。
人は人に幻想しか見ない!
その幻想でもって、原凌の文章を語るとすれば、大噓はミシュレの引用だ。
「歴史とは、自然に対する愛の抗議である」
いいかえれば、〝書くことで、過ぎ去ってゆくことに抵抗したい〟ほどのことなのだが、彼の好きな源氏物語は、むしろ過ぎ去ってゆくものへの愛で出来ている。これを歴史への沈黙の抗議といっては、いぜんとして歴史の側に立つことになる。
「歴史(人文)とは、自然(物理)に対する愛(ヒューマニズム)の抗議である」
これは西洋の概念の明晰性の文章だ。日本人はそもそも自然を物理に還元しきる宗教観をもてないようにおもえる。ぼくたちの心の奥底ではどこまでいってもやはり、自然は神の創造物でなく、神様そのもの、或はそのあらわれなのだろうから。名もなき、ゴッホが讃えたあの〝真の宗教〟からは、おそらく、そう簡単に超出することはできないのである。
そしてこの悪い引用(本人がその意味さえ理解していない)は、いい文章の中に挿されていることで、一種の効果を生みだすことにはなった。かぎ括弧で不正に喚ばれた翻訳文のノイズは、筆者の或る焦燥を奏でている──この或る焦燥が、このエッセイの音、
こう言っては身内に甘すぎるだろうか。
二
わたしにはちょっとした病気があって、ある種の語感に触れると、新型コロナウィルスにかかったみたいに、体の具合が悪くなる。いや、あの流行病にしたって、もしかしたら、そのような響きの一種なのかもしれない。それはいつどこで身に降りかかってくるかわからない。たとえば今回は、原によるミシュレの引用だった。
「歴史とは、自然に対する愛の抗議である」
いかにも異論の出なそうな、口当たりのいい翻訳文である。こういう「AはBである(A is B)」の定義文は、歯切れがよく、何か言明されている気がするものだ。
漱石の〝吾輩は猫である〟は、この構文の痒さを、見事に茶化している。たぶんまだ真新しかった日本語文で、今でいえばアレクサやCharGPTの言葉に近かったか。であるに慣れたように、百年(或は三年)くらい経てば、違和感もなくなっているのだろう。
ところで、わたしはこの章に這入って、「一人称」をぼくから改めた。これは欧米人の言語観からするとまず理解できないはずだ。主語Iにいちいちニュアンスをつけることは。だが日本人にとってはちがう。『吾輩は猫である』が、『ぼくは猫だ』になったら、小説が絵本になったようなものだ。英語なら"I Am Cat"しかありえない。
おもうに、主語というくらいだから、主人はあくまで〝I〟で、〝Cat〟はそこに従属するのだ。だが、日本語にしてみれば、吾輩とかぼくとかより、あきらかに主人公は猫である。いうなれば「吾輩は猫である」の主語は猫なのだ。もっといえば、そんなのもない。ぼくは、猫だ!と言う瞬間、わたしは猫に変身するのである。宮沢賢治の「春と修羅」の〝おれはひとりの修羅なのだ 〟もそうだ。これは自己規定のように聞こえ、その叫びでもあるのだが、日本語ではこのように叫べば、噓でもそいつは月夜の狼にならずにおかれない、狼男じゃ済ましてもらえない。言葉によって魂がかたちをかえる。主語はこの魂で、それは文章に出てこない。〝I〟や〝It〟のように目で見ることはできないのだ。
「愛は、歴史に対する自然の抗議」
こういってもらえればわかる。「歴史は、自然にたいする愛の抗議」にはどうしても頷くことができない。これはただ歴史(力)への愛を語っているにすぎない。この愛は歴史(力)に従属せられている。'A is B'の暴力とはこのことだ。けっきょくは'A is A'に還元さてしまう。「愛は、歴史に対する自然の抗議」では、構文は同じように見えてまるでちがう。愛と自然の抗議とは同じ魂を共有している。ためしにちょっと書き換えてみよう。
歴史、自然にたいする愛の抗議
どうだろう。何をいってるんだかさっぱりわからない。読点の意味を定めることができないのだ。次はどうだ、
愛、歴史に対する自然の抗議
〈了〉
*1
原稿を書き終わった後でロラン・バルトの『明るい部屋』からの二重引用句と知らされた。意識せずに書いている。
*2
その信心はあまりに消極的すぎ、革命への情熱(キルケゴール)もなければ、戦争でも勝てやしないが(硫黄島の激戦で息子春洋を亡くした折口信夫は、太平洋戦争を宗教戦争とみている──日本が負けたのは、軍事経済の文明力の問題ではなく、米国人に比べ日本人の信仰が足りなかったからだと)、自ら信じようとせずに、何かを信じている、もしかしたらこの島嶼国はとっくの昔に宗教完成していた国なのかもしれない……。それは世俗が立つための土であり、江戸時代までの庶民は、ホームレスの流浪人、絵描き、芸能者、風流人(人間だけじゃない、お地蔵さんも、花も、どじょうも、小川も、文字も、)を愛する気持ちがあった。何かあれば自分がかの物だったかもしれない(けして傲慢ではなく)、そうおもう文学心があった。
〝真の宗教〟についてゴッホはこういう、
トルストイは〈わが宗教〉の中で、いかに烈しい革命であろうと、民衆の間にはひそかな内心的な革命が起きて、そこから新しい宗教が、というよりはむしろ、名前さえない、かつてキリスト教がやったように心を慰め、生きる力を与えてくれるまったく新しいあるものが生まれてくるだろう、ということを暗示しているらしい。
この本は非常に興味のある本にちがいない。しまいには皮肉や懐疑や出鱈目はもうたくさんだという気持になり、もっと調和した生活を望むようになるだろう。どうしてそうなるのか、何が見つかるのか。それが予見できたらおもしろいだろう、革命とか戦争とか蝕まれた国家の崩壊とかによって、文明や現代社会の上に恐ろしい稲妻のように必ず落ちかかってくる災害以外には将来に期待できないよりも、それを予感できた方がいいかも知れない。日本の芸術を研究してみると、あきらかに賢者であり哲学者であり知者である人物に出合う。彼は歳月をどう過ごしているのだろう。地球と月との距離を研究しているのか、いやそうではない。ビスマルクの政策を研究しているのか、いやそうでもない。彼はただ一茎の草の芽を研究しているのだ。
ところが、この草の芽が彼に、あらゆる植物を、つぎには季節を、田園の広々とした風景を、さらには動物を、人間の顔を描けるようにさせるのだ。こうして彼はその生涯を送るのだが、すべてを描きつくすには人生はあまりにも短い。
いいかね、彼らみずからが花のように、自然の中に生きていくこんなに素朴な日本人たちがわれわれに教えるものこそ、真の宗教と言えるものではないだろうか。
『ゴッホの手紙(テオドル宛)中』第五四二より