追憶のポータブル・プレイヤー from 61 to 65

白石火乃絵

 音楽体験のはじめは、ものごころついたときにはあったいまはなき父方の祖父母の家のヤマハのアップライトぴあのだろうか。または日本橋三越などでのその家の叔父(三男)の小さなリサイタルだろうか、いまでもプロのバスクラリネット奏者なのだが。もしくは幼稚園での合唱、鍵盤ハーモニカ? いかにも有史以前﹅﹅﹅﹅というかんじがする。小学校四年だか五年頃に母がせっせと焼いていたMD。母が仕事に出ない日の放課後、うちに帰るとかかっていた「COUNT DOWN TV」。五年生になると、わたしは〈うた係〉なるを創出し、朝礼だかの十分間、自前の歌詞カードを配り、ラジカセを鳴らし、布教する。出たばかりの「ポリリズム」。流行ってた「恋のマイアヒ」。「さくらんぼ」。「千の夜を越えて」。一番のお気に入り、勝手に代名詞ということにしていた、「Jupiter」〽︎愛を学ぶために 孤独があるなら……意味のないことなど 起こりはしない……ああそれよりもサッカーの夏合宿、二年生だったか。当時大学生のコーチがひたすらかけていたShania Twainの「Up!」。車のCMソングだったのだが、そんなんじゃない。波崎のうんこ臭い浜辺ちかくの芝生ピッチ。太陽のめぐりにあわせて何千回とリピートされていたことに、何かわたしの耳を異次元に拓く鍵があったらしい? わたしが弾いていたぴあのにまつわる話はふかく恋にかかわるのでここではしない。「金魚ブルース」。飼っていた金魚たちへの愛情が昂じ、休日、父と渋谷の東急ハンズへ自転車で藻草をかいに走ったのだが、その草に毒があったらしく、水槽に入れた翌朝、五匹ともみな水面に浮いている……〽︎きんぎょーきんぎょーきんぎょおぉー はじめてぴあのでつくった言葉のある歌。ヴァースの外面は忘れてしまった。「ごっつええ感じ」のときの松ちゃんがつくりそうなひあい﹅﹅﹅戯歌ざれうただったということだけはおぼえてる。父のJ-PHONEをよみがえらせればきけるのでないか(あるいはVodafoneか)。中学一年の春、iPod nano第三世代を買ってもらった。おおあの白いイヤホンをつけ実家マンションを出るときのしゅう。WALKMANのCMの学生そのままのような。たしかにゲオでCDをレンタルしてはじめに聴き込んでいたのはとにかくYUIだった(いまでもきいている)。小学校からつづきのPerfume(ほんとは「ポリリズム」より先にCDTVでかかっていた「エレクトロ・ワールド」に惚れ込んだのがはじまり)『GAME』を何百回周航したろうか。いちおうBUMPとかアジカンとかもききながしてはいた。YUKIの〽︎浮気をしました のフレーズには衝撃パンチを受けていた。〽︎僕の書く 下手な詩は たぶん世界を 救えない「メランコリニスタ」。アニメは知らなかったがどこかでみつけてきた「創世のアクエリオン」〽︎君を知ったその日から僕の地獄に音楽は絶えない メロディと拍によってもたらされる言葉のふしぎな力、文字はずっと嫌いだった。〽︎好きな人には好きって伝えるんだ 何千の夜を越えただろう。やぼなけいさんでは八千ということになる。弱虫だから、歌に声に言葉に生かされてきた。


 中学三年を想起したくて筆をとった。少しこわい。わたしはぶっ壊れるのだが、ボブ・ディランが幼少期オーロラのでることもあったという北國ミネソタで、狂った磁気によりアトランティックにききとった海向うの海賊ラジオとでもいおうか、トランジスタ鉱石になりおおせていたわたしのそこらじゅうひびわれたからだには、リズムも音程もおんちのくせに、二十世紀が文身いれずみされた。録音という音声世界への新たな、最終の、文字文明﹅﹅﹅﹅侵略invasion


「わたしの信仰の対象は人でありました。しかも、われわれと生活条件の毫も違わぬ一人の人間です。その人を瞬間々々に、新しく大きく創造し進展せしめて行くのです」いきなり引用するのは折口信夫の若き日の「零時日記」なのだが、わたしにもそういう人がいて、中学三年の春、3.11の一年前の渋谷センター街のツタヤ前でその風の人がこんなことをいった。

街で流れている音楽でおれの知らない音楽はない

 いつも突然謎のコトバをいう人だった。わたしは考える間もない。かつての琉球の聞得大王チフィジンにいわれたノロのように? この言葉はいわば直流する。それから朝学校へはいかず、碑文谷公園でiPodをききこんでから地元ひとつ隣の学芸大学駅のツタヤに開店同時に這入り、放課後のその人の仕切る奇妙な活動まで、目についたジャケ、アーティストかたっぱしからきいていく。活動後もまだ開いていれば閉店まで視聴ブースでねばる。しばらくして出禁となった。わからなかった。どういう意味だろう。ふつうにかんがえて、知らない音楽がないはずない。こうじゃないんだ。何か別の秘密があるにちがいない……空の扉をひらく、何かの〈体験〉がわたしにはまだないんだ。「お爆発しろ」とその人はよくいった。



     未了

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