自殺について

白石火乃絵

 東京は品川区大井町坂下の立会川という街に「サンオウ」という名の活動拠点を構え寝起きしはじめてから今年で六年目。二十代後半をずっとここでくらした。ここに居るうちにどうしてもやっつけておかねばならない宿題がある。十三から十七歳でわたしが体験した風変わりな「文化祭実行委員会(以下、「文実」)」活動でのさまざまのこと。十四つも下の後輩に至るまで、特定の人たちの人生にいまだに尾をひいている。もちろんわたしも含めて。ただの中学高校の活動が? そのためとはいえないが、昨年五月頃、小学校高学年間の塾から同じ中学に入り三年後の彼の組織からの離反まで、わたしにとっては親友の一人といえる友達が自殺した。今から八年ほど前に書かれた彼の修士論文は、そのタイトルしかわからないが、わたしには明らかに「文実」絡みとしか思われない。自殺について、持説をここで述べておくと、徹頭徹尾家族問題なので、他のことはきっかけ﹅﹅﹅﹅に過ぎない。自殺するかしないか、胎児期における母親と生後約六ヶ月までの乳児期における保育者とのふれあいにより心の器にひびが入るか入らないかで決まる。むろんひびがあっても自殺せずに生涯終える場合はある。ひびが無くて自殺することは、集団自決などのほかはおよそ考えられない。自殺した時点で、ひびが確定する。保護者責任うんぬんでない。宿命という言葉をおもいやるいがいない。が、おなじ傾向性をもつ身としては、わたしにはこのひび割れた心の器の大きな受け皿となりえた「文実」が、ある者たちにとっては挫折体験として現に在り、そのことが﹅﹅﹅﹅﹅わたしの〈非文学つまづき〉としてある以上、この宿題を片さずには、わたし自身の﹅﹅﹅﹅﹅﹅生活にさしさわりある。こんどの友達の自殺は、わたしがどうしようと制めること、あるいは先延ばしにさせることができたとは微塵ちとも思わない(たとえば「偏向」同人としてここで書かないかと、他の同人づてに誘いはかけていた。もしかするとそのことで早めた﹅﹅﹅可能性ならまだ﹅﹅ある。『白堊紀』を買ってもらっている)。問題は、わたしがわたし自身の﹅﹅﹅﹅﹅﹅自殺を阻止すること、これだ。今はする気などないが……

〝身構えている時には、死神は来ないものだ〟昨今流行のアニメーション映画『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』第一部に出てくる、シリーズ最初の主人公(精霊?となっている)アムロの台詞だが、これを聞く(あるいは幻聴する)本作の主人公ハサウェイには、青年から壮年に移りつつあるZ世代男性の一タイプが上手く象徴されているように思える。
【タイプ概要】時代環境や他人に受け身で流されるだけで、意見はいえても自己を持っていない。加齢とともに感情抑圧がピークに達しているため、抑うつ状態にあり、またそのことを半ば自覚しつつ半ば否認している。けっか、他人から利用されるだけ﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅の立場にある。現行のテクノロジーや時代感覚にたいするネイティヴ性も、外から与えられた偶事に過ぎないが、自惚れから﹅﹅﹅﹅﹅あたかも自ら克ち得た能力と思い込んでいるため、自分自身のために有効活用することあたわず、致命的に﹅﹅﹅﹅他人から利用されているだけなことにも気づけない。

You raise up your head / And you ask, “Is this where it is?
And somebody points to you and says / “It's his”
And you say, “What's mine?” / And somebody else says, “Where what is?”
And you say, “Oh my God / Am I here all alone?”
Because something is happening here / But you don't know what it is
Do you, Mister Jones?
"Ballad of a Thin Man" Bob Dylan 

 一九九五年生まれのわたしは世代ということでいえば、ゆとり世代のケツにしてZ世代のくちばし、いい方をかえれば、そのたにの少数部族といおうか。〈何々世代〉という発想じたいがZ世代からすれば、旧世代的、時代錯誤、「老害」にちがいない。が、そういう発想もまたこちらからすればいかにもZ世代的﹅﹅﹅﹅ということになる。「何々世代」とは少なくとも二世紀ほど前からあって、上世代が話の通じない若い下世代を悪くいうのがその常のはじまりだ。前世紀アメリカ文学のロスト・ジェネレーションやビート・ジェネレーションの詩人たちはこの「失われた」だの「打ちひしがれた」だののいわれ﹅﹅﹅ひるがえし、ヒップにくつがえした。これにくらべ「老害」と上をののしるしかなくZをくつがえせていないのは世代が未熟だからか。『ゆとりですがなにか』を見習うのもよろし(以下、世代話は国内を対象にする)。


 過去は背中から刺してくる。〝身構えている時には、死神は来ないものだ〟という台詞をわたしはこういう風にとる。二十五歳の年の瀬わたしは今の同居人を誘い「ロクジュウゴ文化祭実行委員会」というちんちくりんな活動を開始した。これは十六歳でわたし自身が私立中高一貫校の仲間とやった風変わりな文化祭を、こんどは人類規模でやろう!というばかげた活動で、まずは当時の仲間に誘いをかけていったのだが、とくに一学年下以下のZ世代の友人たちからはきまって「白石さんは過去に囚われている」と言われてきた。が、「過去に囚われている」と言うことじたい自分たちはもう「過去に囚われてい」ないということで、それは危ないんじゃないかと思ってきた。というのも、一学年下から学内の気運がいっぺんし(3.11以後の時代の風に吹かれ)「文実」活動は大抑圧をかけられきたからだ。むしろ自分たちの代で成功といわないまでも、わたし自身は一生をきめる存在体験をした。自らの全力以上を仲間と支え合うことで引き出せ、とことんやりぬいたのだから一切後悔がない。あれだけやってどんな結果になろうと、それ以上はできなかったのだから。もう二度とやりたくない、まったき青春を謳歌した。こういう過去はあけっぴろげの大回廊だ。いわば個人としては成功体験なので、〝もういっかい!〟あの時からじつはもう夢みていた人類規模の文化祭をやろう、というだけのことだ。いや、この「やろう!」となった瞬間、わたしはまさに実家マンション非常階段の13階から飛び降りようとしていたのだが、そこからたまたま視界に納まる十代の祭の日々を仲間たちと遊び呆けていた街がどよめきだし、

I know how it happened - I saw it begin
I opened my heart to the world and the world came in
そいつがどう起ったか知ってる ─ コトの始まりを見た
ハートを開け放ったら、世界が這入って来た
"False Prophet" Bob Dylan 「偽預言者」ボブ・ディラン 

 たぶん、Z世代の読み手には、こういう記述じたい堪え難いのでないか。といえるのは、わたしはこの六年間、きみたちに自分なりにはたらきかけてきたが、まったくもって通じなかった。おとぎ話のようにさえ想わせることができなかったからだ。だが、このような存在体験がわたしという特殊キチガイな個人の資質ビョーキにもとづくとはわたしにはどうしても思えない。わたしの生まれた一九九五年といえば、阪神淡路大震災と地下鉄オウム・サリン事件の年、いいかえれば、わが国で自然のカオス﹅﹅﹅﹅﹅﹅宗教エナジイ﹅﹅﹅﹅﹅﹅の大大抑圧が始まった年。きみたちが生まれる前にコトが起こっている、〝But you don't know what it is宴の鍵はここにあるLet's go Crazy!


 だが、本題はこれでない。過去は背中から刺してくる。Z世代かといわれれば、違和感のある、かといってゆとり世代といわれれば、十個上までくらい年上の人たちの雰囲気が浮かぶ渓間世代、あえて〈一九九五〉世代といいたい、わたしの同い年のあいだにもがある。それがいまや、わたしとわたしが亡くした親友とのあいだの生者と死者との小川となって横たわっている。子供ならばひょいと越えられるはずだが、よわい三十ともなれば、一旦は川越しに対話を試みるようなこともある。じっさい彼とは中学三年で離反したまま、近年になってわたしの方から、交友のつづいていた他の同人づてに偏向」同人へ誘ってもらっていたが、誘いの数ヶ月後に亡くなっている。それをつい先日聞かされたところだ。没後、その同人は彼のパートナーから約八年前の修士論文を渡されている。これを書いている今はそのタイトルしかわからない(明日夜に手渡されることになっている)が、それだけでわたしにはもしや﹅﹅﹅とおもうところがあった。故人や遺族の意向が聞けないのでつまびらかにできないが、「フランス七月革命に至る前のブルボン復古王朝における反体制派の様相」というような内容で、復古王朝にあたるのがわたしの代(高二)の「文実」で、反体制派こそが、中学三年で組織から離反した彼の二年後の立場だったのでないか。

 わたしは離反の時点で、おろかにも今日まで、彼は「文実」活動にたいし未練などなかったのでないかと、きっとそう思いたくて、無意識の願望にまかせて、ほんとうに考えたことがなかった。が、中学一年と二年と、わたしと同じくらい彼は活動に熱を入れていたし、そんなはずがない。わたし自身、彼の離反はしかと見極められていない、というのは、スタッフという組織の重役についていたのだが、発狂にいたり、高一のはじめに一つ上の代の「文実」を途中離脱していたから、彼に離反の理由をききだす機会を失していた。彼だけでなく多くの仲間がこの組織から同じ時期に離れている。中学三年に離反というのは、その時の二つ上の代の文化祭において、裏リーダー的な存在だったある﹅﹅先輩﹅﹅が、当時の「文実」という組織を、共同して文化祭をつくりあげる縁の下的な役割から、まったく別種の、が主役であるような、悪い言い方をすればカルト団体のようなのに変えたので、組織を離れたのがその後であっても、原因としてはそこを措定せざるを得ないのでこういう言い方になる。冷たい用語でいえば、ある﹅﹅先輩﹅﹅Charismaカリスマで、組織の求心力を、活動そのものから、この自身へと一代限りだが変えてしまった。

 そしてこのは組織全体の裏リーダーであると同時に、わたしと彼のいた「行事部門」の長であり、このについたのがわたしで、記憶のうちでは彼は近づかなかったとおもう。ここで小学校四年からのわたしと彼の相棒関係は真に終わり、今日まで二度と復元されることはなかった。とくにもっとも近しかったのは小五から中一の文化祭までの約三年間、「中学受験」というコドモ殺しのお人形遊びの中、お互いに情緒を支え競い思い出をわかちあった仲で、ほとんど分身のような存在だったといえる。わたしと彼との関係では、どうやらいつもわたしがで、彼はかげであったらしい。資質はまるで違った[そのことは十篇ほど詩にかいたのでhinoe_shiraishiのXは埋もれているので、Instagramにあたってほしい]。そして分身というのはときにお互いどちらか一方が死ぬしかないようなところにまでもつれ込む。恋愛と変わるところがない。そこまでもつれ込むのは健康とはいえず、必ず互いの家庭問題がある。心の安定を欠いた者は、強くひとに依存する。恋愛をすればだれしも多少病的になる。他人とつがい﹅﹅﹅になるというのだ。結婚には制度の用意があるが、離即自由にかかわらず友人関係においてむしろ見境のつかなくなることがある(心的に離即しがたい母子がこの関係に入ると深刻)。彼の行動には一時おそらく分身関係だったわたしとの切断の意志感じずにはおかれない。

People tell me it's a sin / To know and feel too much within
I still believe she was my twin, but I lost the ring
She was born in spring, but I was born too late
Blame it on a simple twist of fate?
"Simple Twist of Fate" Bob Dylan 

 忘れたころになって、過去は背中から刺してくる。恋愛(依存)体質としてわたしなりのバランスの取り方は、一極集中﹅﹅﹅﹅を避ける、分散﹅﹅を意識することだ。じっさいこれまでも同時期に相棒や分身と呼べる存在はつねに複数人いたし、現在では程度の差はあれ十人程いる。が、それでも皆いい年になってきており、おのがじじパートナーもいるので、もあいまって、次第にみな疎遠になりつつある。怖い事に、今年初め、わたしは一極集中へ進もうとしていたのだが、さいわいにもお相手が賢者であったため、スラックスの綿埃を払う手つきでお断りされた。その人は、前方に現れた近くてとおい過去であった。それが後方にしりぞく永久にきたらざる未来となって消えていく。そのとき、友達のおそまきの訃報に正面から腹を刺された(後ろを向いていたので)。背中から刺されていたら死んでいたのでないかとおもう。詩にもかいたが、わたしには、疎遠になっていたかつての親友の自殺より失恋の痛手のほうが﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅千倍ちかく身にこたえた。あたりまえだ。いかなる失恋も美くしい。美がひとを傷つけるのに比べれば、自殺などは唇がひびわれるていどのことだ。それでこの文章はナポレオンにおいてけぼりにされ飢えと凍傷でいまに死にそうな歩兵がリップを塗るようにして綴っている。いつどっから天使のくちづけがやってくるかわかんないだろ? ああトモよ、こういうとこなんだ。おなじ傾向性をかかえながらも、お前がしたことをおれがしないでいられるのは。とおくZ世代の読み手にもきいていてほしいが、

  自殺はニヒリズムいがいの何でもない。

 わたしのかつての相棒を殺したこのきょむ﹅﹅﹅。おおひとりのハサウェイよ。うごかなくていいから、がんばって﹅﹅﹅﹅﹅寝ろ。夢でクェスと会ったらいいじゃないか。ちゃんとになれ。何もしないこと、寝ること、夢をみること。それがお前の病院だ。テロルも自殺もおなじだ。「史上最もゆっくりとした自殺」と謂われるビル・エヴァンスの亡くなる直前のキーストン・コーナーでの連夜の演奏をきいてみるがいい。天使の投げキッス? そいつで灰になっちゃった! 恐ろしいこと〝Beauty walks a razor's edge, someday I'll make it mine 美は刃の上を歩く。いつかわがものにする("Shelter from the Storm" Bob Dylan)少年ランボォはある夜、にがにがしいやつめと、美を膝の上にのせて毒づいてやった、などといってる。ああ恐ろしいこと。でもきょむ﹅﹅﹅なんかに背中を押されて死ぬのと、この世のものでないなにかに灼き滅ぼされるのと、どっちがいいよ?

ああ、いかにわたしが叫んだとて、いかなる天使が
はるかの高みからそれを聞こうぞ? よし天使の列序につらなるひとりが
不意にわたしを抱きしめることがあろうとも、わたしはその
より烈しい存在に焼かれてほろびるであろう。なぜなら美は
怖るべきものの始め﹅﹅にほかならぬのだから。われわれが、かろうじてそれに堪え、
嘆賞の声をあげるのも、それは美がわれわれを微塵にくだくことを
とるに足らぬこととしているからだ。すべての天使はおそろしい。
『ドゥイノの悲歌』第一歌 冒頭 ライナー・マリア・リルケ(岩波文庫)[傍点引用者] 

 人の言葉や祭や詩や歌や音楽や藝術がわたしを自殺させないのに、トモよ、お前が自殺したときいてから「なんでロックはお前をひきとめなかったんだ……」こればっか【未完】

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