吉本隆明(1924-2012)さんの『言語にとって美とはなにか』(1965)という本をこれから読んでいくのですが、簡単にどういう本かといいますと、タイトルのとおり、言語論です。美とはなにか、といっているので、短歌や小説や戯曲など文学作品が素材となっています。
ちゃんといいますと、最古文献の古事記から三島由紀夫さんなどの戦後小説や現代短歌などまでの、この本が書かれた六〇年代前半までのすべてのニホン語の広い意味での〈詩〉が、〈自己表出〉という独自の見方で、「現代文」の教科書や「国語便覧」などとはべつの文学史(吉本さんは〝表出史〟という)として提出されている、と「一旦」しておきます。いまでも角川ソフィア文庫でⅠ・Ⅱ二刊本として版を重ねていて、電子書籍も出ています。
この本、出版から干支一巡へた現在も、まったき孤独のうちにある、ようは活用されてない(笑)。理由はかんたんで、東大で文学や哲学などをやっている人でも、読むと「2、3ページで寝ちゃう」というほど難解。ですが意味ある本というのはすぐには分からない物なんです。分からない、ということは、いつか分かったら、そのぶん何かを得たということじゃないですか。分かることが分かっても、何も変わってない。分からない、はここ掘れワンワンなんです。でも今のひとは、分からない、が屈辱らしく、分からないことを書いた著者が「バカ」ということになる。生成AIはきけば超絶わかりやすい答をくれる。だれも自分は「バカ」だと思い知らされるのは気分よくない。でも、そうじゃないんです。
あの、「偏向」って責任編集者のわたし白石以外の同人メンバー、たいへん恥ずかしい話、全員東大出身なんです。自慰行為覚えたての思春期をともにした腹にイチモツありそうな友人たちを誘ったけっか、集まったのがたまたまそうだっただけなのですが……。かれらこそ読めない(笑)。けれど、学歴もすもももない、バンドマンや藝術やってる友達たちは、むしろすんとわかる。わたしは、東大卒のかれらをいつも本当のバカよばわりしています。だいいちあんなタスクの多い大学受験をこなせる時点で、ドMかサイコパス請けあいです。なのでこういう悪口いわれるの、快感なんですよ。でないと同人誌が五年続いてない(笑)。
十代の頃、実家のかわやに「国語便覧」が置いてありました。わたしは教科書をもらうなり棄てていたので、母親がもったいないから自分で読んでいたんだと思います。文学に興味はなかったんですけど、手持ち無沙汰なので、気づいた頃にはだいたいニホン文学史が身近になっていました。『言語にとって美とはなにか』をもし持っていて埃を被っているという方は、ぜひお便所に置いてください。ぺらぺらっと適当にめくって気になった箇所を2、3分読む。そんな読み方が、いい本の読み方ではないかと、わたしなどは思います。
余談が過ぎました。本題ですが、ここしばらく「生成AIと人間の言葉のちがいはなんだろう?」と、小学校六年間、「国語」の時間に、クラスの友達と別れて、言語障害学級(「きこえとことばの教室」)で過ごしてた頃から、言葉について生涯の宿題のように考え続けてきたわたしなりに、自問自答してきたわけです。あるとき、ふと、読み始めて五、六年になる『言語にとって美とはなにか』だけが、この問に、明白な回答を与えていることに気づきました。生成AIには〈自己表出〉が読めない・書けない。
吉本さんはこの〈自己表出〉を〝沈黙の言葉〟といっています。言えずにしまったこと。いったいこれをどう「学習」しろと。生成AIは文字入力された記号しか読み取れません。(言われたでも、書かれたでも)言葉の向うにある、言おうとして上手く言えなかったこと。それは受け手が想像するしかない。そこに人がいる。おう〝わたしこそすべてのひとびとのうち寂寥の底にあつたものだ〟。(吉本隆明さんの処女作にして代表作『固有時との対話』)
言語、美やめるってよ(連載のための覚書 全5章♡)
♡つまりは、『ぼっち・ざ・ろっく!』
〽︎記憶だって 永遠になんて残らないものとおもい知って/僕はずっと掻きむしって 心の隅っこで泣いた//そしてどうかなくさないでよって/高架下、過ぎる日々を/後悔してんだよって そう言い逃したあの日『劇場総集編ぼっち・ざ・ろっく!Re:Re:』のエンドロールで主人公の「ぼっち」ちゃん(後藤ひとり)がうたうASIAN KUNG-FU GENERATION 「Re:Re:」。本家でもカヴァーでもいいので、まずは一曲きいてからいかが。
思想家にして詩人の吉本隆明さんの、詩篇のほかの主著『言語にとって美とはなにか』をこれから読んでいきますけど、いらぁたいへんな書物です。わたしもこれをかきかき同時に読み深めていきたいとかんがえているのですが、注文の多い料理店のように山猫ぶれば、「履修」がお済みでなければ、アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』を観ていただけると(原作も素晴らしいです)この作品に元気をもらってきたわたしは、伝わる相手を信じかき推めれる気がします。
ここでの主人公・吉本隆明さんもまたひとりの「ぼっち」ちゃんでした。
私事にはなりますが、わたしはこれを読んだとき、もう膝から蛙がとびだすほど衝撃を受けました。KYって(笑)。八〇代半ばのほとんどめくらのおじいちゃんが。二〇〇七年、わたしがちょうど小学校の六年生だった時ですが、その頃しきりにクラスの女子たちから「KY」「KY」といわれるようになりました。あの、すごくイタイやつでしたので(今も)K《カッコ》Y《よい》の略とひとり合点し「『モテ期』到来!」と有頂天となってました。
それがK《空気》Y《読めない》ということと報ったのは、男子校で、それこそ吉本さんが十五歳の中学生四人を相手に右の『ひとり』にまとまる寺子屋(私塾)をしてた頃です。というか、この時の吉本さんが相手にした十五歳こそ、一九九五年(度)生まれのわたしと、時代や学びや遊びや恋愛や家庭の〈空気〉を色濃くわかつ同輩なのでした(会ったことはなくても)。そしてこの十五歳というのは、わたしがはじめて心身の崩壊を体験した原点のひとつとなった年齢でもあります。あの、すごく可哀想なやつですので、「運命かも!」なんて。
そしたらなんと、日藝という大学に七年かよったのですが、三年目に吉本隆明の唯一の弟子と「自認」していらす(「吉本ファン」にはそういう方が多いそうですが…笑)お師匠さんとも出会います。第一号から第十四号に『言語にとって美とはなにか』が連載された「試行」という吉本さんがやってらした同人雑誌に「アルチュール・ランボオ」を持ち込んで、約八〇〇枚の原稿を包んだ風呂敷をとくなり吉本さん、「よし、本にしよう」といってくれたそうなのですが、お金がなくて(笑)けっきょく連載ということになった、数頁ずつしか掲載されないので、全文揃う頃にはおじいさんになっちゃうよ、と焦られたという、舞踏創始者の土方巽さんとも魂深く交友をなされた詩人の中村文昭(1946-)さんという人です。
この人には『吉本隆明』(1973)という憎し愛しの訣別=巣立ちの書もありまして、わたしもまたこの人とは破門=巣立ちすることとなりました。フコウな師弟関係といえばそうですけど、離れることで強くつながるということは、師弟といわず恋愛においては、経験のおありの方も多いのでないかと思います。本を読んだり、藝術作品にふれることは、時空を超えた精神の恋愛をもたらします。だから〈直〉ということはポエジーにおいても二の次なのでしょうけど、とはいっても、吉本隆明さん─中村文昭さん─と人肌伝いの〈直〉の孫弟子という「自認」は、死にたがりのわたしなどには自殺できないひとつの印となっています。
さすがに私事が過ぎました。〈KY〉に話を戻せば、「大衆の原像」に拠った人とはいえ、なぜ八十代半ばのおじいちゃんが、約七〇つも下の代のわたしの小学校のクラスの空気にまで、その触手をとどかせられえたのか。とくにこの〈KY〉という当時の流行語に注耳されるのには深い所以があります。吉本さんの代表作のひとつ。読み飛ばしていいですよ。
ちょっといかついですけど、『ぼっち・ざ・ろっく!』の主人公「ぼっち」ちゃんの心の中とそう遠くないと思いませんか?〝生れてきたことが刑罰であるぼくの仲間でぼくの好きな奴は三人はゐる〟というとこがわたしなどにも、ぐっと刺さるとこです。『言美』の前奏曲となる「詩とはなにか」(1961)で吉本さんはこの詩篇に自ら言及します。
この〝詩〟が「短歌」「俳句」「ロック」「ラップ」「音楽」「絵画」であっても心はおなじです。吉本さんは「詩とはなにか」のつづきで「詩をかかない多くのひとびとは、ほんとのことを口にだせば、この世界は凍ってしまうという妄想を、それぞれの仕方で実生活のうえで処理している。かならずしも妄想はわたしに固有なものでも、詩をかくものに固有なものでもない」とかいてます。十五歳よりのわたしの孤独の伴、ボブ・ディランの詞に、
「ほんとうの詩人は田舎のガソリンスタンドにいる」というくらいですから、吉本さんのいう〝詩をかかない多くのひとびと〟の心の沈黙の言葉を、ボブ・ディランという歌手は、憑依してよびだしてきます。この歌中の語り手=主人公は、べつにディラン本人と短絡をゆるしていません。アメリカ詩のさきがけウォルト・ホイットマンの「I contain multitudes」(あえて訳せば、「わたしの中に大衆がいる」この大衆は自然または宇宙から孤立してない)の血脈をひいているのです。
だんだんと『言美』のいちばん大事な概念、もうこの概念のために吉本隆明という人は一生を棒にふるったといっていい〈自己表出〉へとそれとなくちかづいて来ています。〝詩は必要だ、詩にほんとうのことをかいたとて、世界は凍りはしないし、あるときは気づきさえしないが、しかしわたしはたしかにほんとのことを口にしたのだといえるから。そのとき、わたしのこころが詩によって充たされることはうたがいない〟そういわしめるにたるなにかです。
自分にむかっていう自分だけの心の言葉を紙にかきつけたとき、それがなぜか、ほかのみしらぬ時空をへだつだれかの魂と共鳴していく。そうさせるふしぎな力のことを、吉本隆明という人は、詩や文学のみならず全藝術、なにより、毎日の生活や仕事をふくめたにんげんの全表現行為の核にみいだし〈自己表出〉と名づけ、自らの物事の見方のまんなかに据えました。冒頭で引用した文章をもいちど読むとさいご一行「自分が誰かの言葉の根っこに思いをめぐらせて、それをよく知ろうとすることは、人がひとりの孤独をしのぐ時の力に、きっとなる」とあった。こだまでしょうか。
(にんげんといいましたから、生成AIは構造原理上〈自己表出〉を読めない・書けない。このことについてはもう少しあとで詳しく述べます。逆の言い方をしますと、〈自己表出〉という概念は〈生成AIには読めない・書けない〉という本質を根っから秘めています。)
ぼろぼろの買って六年ちかくなる角川ソフィア文庫版『言語にとって美とはなにかⅠⅡ』ととりくんでいてある時、わたしは心の沈黙の言葉で勝利だよ、勝利だよとつぶやきつづけているのに気づきます。なにが勝利なのか、なににたいしてなぜ勝利なのか、こういうつきはなすようないいくちはけっしてよくないですが、それは神秘体験といえるなにごとかでした。
人類が文字をつかいはじめた六千〜三千年くらい前からと今から先三千〜六千年くらい長さの小島の磯にたち、これをつぶやいたひとりの「ぼっち」ちゃんが「『これが手だ』と、『手』といふ名辞を口にする前に感じてゐる手、その手が深く感じられてゐればよい」その太古から変わらない手の沈黙、名もなき海士も馬子もレオナルド・ダ・ヴィンチも啄木(「芸術論覚え書」中原中也)もふっとみつめたことのあるこのにんげんの手でにぎりしめていた「勝利だよ、勝利だよ」というきこえるかきこえないかの謎語が、またわたしの手の中にも気がつくと見えない玉のようにしてあり、またどこか遠くの玉とふれあってきこえをはっしております。こだまでしょうか。
『言美』には〈自己表出〉ともひとつ〈指示表出〉という概念が出てきます。たとえば右の歌は、この地球と生命の誕生を〈自己表出〉の側から想っている。たいし「理科」の教科書をひらくと、今でもそこには〈指示表出〉の側から愛なき記述がみられるはずです。〝空は燃える太陽に恋をした〟〝そしてすべてが生まれた〟とは未だにかいてないでしょう。
太陽の炎が青空の中で養われる
これはエピクロスという古代ギリシアの異端学者(プラトンの一世紀後、ポリス崩壊期)に時空を超えた恋をしたルクレティウスという古代ローマの詩人が『物の本質について』(岩波文庫)という、エピクロスの考を〈自己表出〉の側から表わした本の一行です。大事なことは、この〈自己表出〉はナンセンスということでなく、客観性をもっているということです。右の一行などは不滅の表現です。それはニホン語に翻訳してもなお、この一行が、地球史上〝初めて〟表現された、ということが言葉の輝きをとおし約二一〇〇年後のいまでも伝わりませんか。
そう感じるのはけっしてわたしだけではないはずです。客観性ということは、証明可能というのではじっさいなくて、証明がいらないほど明白な事実にこそあてられてしかるべきでしょう。今日までこの表現が、海を跨ぎ時を越え、消えない文字としてながらえてきたということが、なによりその証です。〈指示表出〉に恃んだ言葉に、これほどまで力はなく、時代や環境とともに移り、消え、すぐに忘れられてゆきます。
〈KY〉というのも今ではほとんど「死語」ではありませんか。つまり、流行語というのは、その場かぎりの〈指示表出〉性にはすぐれていてすぐに広まるのだけど、〈自己表出〉力が微弱なためのこらない、いいかえれば、そこまで人を傷つける力はない。「空気が読めない」を「KY」と謂う空気などは、いっときの空気なので、いわせておけばいいのです。
右の一行は、「ぼっち」だった古代ローマの詩人が、同じく「ぼっち」だった古代ギリシアの哲学者の考と偶然に出会い、恋に落ち、セカイがみちがえてみえたときの感動がまんま表現されている。〝そしてすべてが生まれた〟。生きている人との恋愛でもこんな風になるはずです。もしそういう身に覚えがないとしたら、その人はまだ恋を知らないといえます。また、哲学者が〈指示表出〉した考は、この詩人にとどいてはじめて表現を得たともいえ、そのときはじめてその表現の根にあたるとこの沈黙、そもそもあった〈自己表出〉が暗示される。
真の詩想は必ず表現を伴い、その根底には〈自己表出〉がある、ということです。ハイデガーという二〇世紀のドイツ語の哲学者がいますが、第二次世界大戦後こんなことをいっています「『存在と時間』[彼の主著]には文体がない」。も一世紀前のキルケゴールというデンマーク語の哲学者に「そこに情熱があるなら必ずカタチを伴ってあらわれでる」。きみはわたしのこと「アイシテル」っていうけどさ、〈指示表出〉だけで、肝腎の〈自己表出〉がない!『卑怯者!』……だれかをフるときにこういうせりふなどいかがでしょうか(笑)。
さきにかっこつきで、生成AIにつき〝構造原理上〈自己表出〉を読めない・書けない〟とついフライングしてしまいましたが、もしこれが悪口のように響いているようでしたら、ちょっとよく考え直していただきたいところです。べつの言い方をしますと、〝生成AIは構造原理上だいたいほとんどの〈指示表出〉を読み書きすることができる〟
まだ日が浅いですが、生成AIという〈技術〉はやはり現時点(2026.5)でも、一般に、過大か過小評価されているといわざるをえません。まず〈自己表出〉の無能については過大(過大というよりか根本から誤った)評価がされており、〈指示表出〉の万能については〈技術〉からの逆襲にニンゲンが遭うSFの現実化の成績が過小評価されている。生成AIの万能説または万能幻想には、〈自己表出〉への配慮がなく、生成AIの無能説または無能幻想には、〈指示表出〉におけるニンゲンの淘汰への認知がない。
これが『言美』にもとづく評価です。と同時に、生成AIとそれにまつわる諸現象の分析に二つの〈表出〉概念をつかうことでわたしたちは『言美』の理解へ近づける。またこの過程でその限界もしだいにあきらかになってくることでしょう。生成AIが〈技術〉とすれば、『言美』という原理論は道具です、使い込めばこむほど、身に馴染んでつかいやすくなってくる、手との境目がないくらいに。
〈技術〉はわたしたちをおいていけぼりにして進化していく。そしてわたしたちを使用するようになる。詩もまたイチ〈技術〉なので、詩に使用されるわたしたちの道具が言語です。その表現は言語の〈自己表出〉(経糸)と〈指示表出〉(緯糸)になる言葉(織物)、と一旦はこういう関係把握でいいのでないかとおもいます(周囲の比喩も吉本印のお手製です)。
♡「生成AIはあと五年〜十年以内に時代遅れになる」
今年(2026)の二月に、あんまりいいたくないですけど、マ・失恋いたしまして(笑)、そんなおり、イーロン・マスクが「言語はあと五年〜十年以内に時代遅れになる」と発言した、というツイート(ポスト)をみかけました。(https://x.com/kosuke_agos/status/2022614966633959867?s=20)そこでその方がその時のイーロンの発言をまとめておられるのを引用させてもらいますね。
1.言語の「不完全性」僕たちの脳は、複雑な概念や感情を「言葉」という低解像度のデータに圧縮して出力しています。この過程で膨大なエネルギーが浪費され、本来のニュアンスや情報の大部分が物理的に失われます。現在のコミュニケーションは、あくまでオリジナルの思考の「粗い近似値」を交換しているに過ぎません。
2.思考の「直接転送」イーロンが率いるNeuralink社が目指すのは、概念そのものを非圧縮で共有するテレパシーの実装です。言葉に変換するプロセスをバイパスし、体験や記憶をそのままの解像度で相手の脳に転送します。「一生分の記憶を1秒で伝える」といった、従来の物理法則ではあり得なかったコミュニケーションが可能になります。
3.生存の「帯域融合」人類はすでにスマホを使うサイボーグですが、指による入力速度(帯域幅)があまりにも遅く、これがAIと共生する上での致命的なボトルネックになっています。毎秒テラバイト級の速度でAIと融合しなければ、人間は知能の爆発的な進化から構造的に取り残されることになります。
つまり、イーロン・マスクという人は、全人類恋人同士になりたい、と欲望しているんでしょうか(笑)、たぶんちがうとおもいます。わたしは、この人は、だれとも、言葉なく心やからだをかよわせあったりしたいと思ってないなどない気がします。繰り返しますけど、こんなことをイキヨウヨウと語ってるあたり、「あ、経験ないんだな」とおもうからです。そして、言葉との、つまりじぶんやひととの七面倒な付き合いを、ないがしろにしててきたんだろうな、と、その顔をみるとそうおもいます。
にんげんの顔、男性ならそのとくにホリ、女性ならとくにしわですね。そこには、その人がこれまでどう生きてきたかがキャンバスのように描かれてるようにおもいます。ルッキズム上等ですよ。『言美』の概念でいきますと、顔のうちこの噓を吐けない部分が、〈自己表出〉に関係します。また、俳優さん女優さんなんかを例にとるとわかりやすいかもしれませんが、演技ですね、噓を吐ける部分が、〈指示表出〉に関係します。作った笑顔と、こころのそこから無意識にこぼれる笑顔とは、まるで別物ですよね。
いい芝居をする人はどこか〈指示表出〉の完璧でなく、活づきといいますか、〈自己表出〉にあふれているのでないかと思います。これがあると、観ているこちらが、あたかもそこに自分自身がいてアクトしているかのような、観劇におけるエクスタシーの体験をもたらしてくれます。〝毎秒テラバイト級の速度でと融合しな〟くても(笑)、劇場に足を運ぶだけでもっといい体験はできます。
〈指示表出〉をどんなに加速させても、恋人とのキスにまさりません。これ〈自己表出〉と〈自己表出〉の出会いなんです。藝術のライバルは、生成AIじゃなくて、現実の恋愛ですよ。あ、もちろん〈指示表出〉のうすらざむいキスというのもあります。サルトルの『嘔吐』には、そういう「演技」の恋愛というのが出てきますね。それと排反するかのように、主人公のロカンタンがまろにえの幹の根をじっとみて吐き気を催します。「余計な物」とかいってた気がします。あの根とか吐き気がまさに〈自己表出〉なんです。
あの、わたしの最近の話でいくと、恋すると、この〈自己表出〉がこちらの指示に反して、とめどがなかったり、おさえていても突然でてきてしまいますでしょう。経験豊富な方とかだと、そのコントロールに作法があったりして色気があったりするんですけど、困ったことに、マ・ありがちなんですけど、会って一日目で気づいたらいきなり告白していた。雷に撃たれたように、とつぜん「結婚したい!」といってしまいました。
タイミングもくそなもなく。コミュニケーションになっていないので、つまりは〈自己表出〉ですね。意図もないんです。「ぺごんちょふぅるふれ!」とかの方がまだマシでした。当然、すらっくすの埃を払うかのようにお断りをいただいて、三ヶ月ちかく経ったいまでも、寝て起きるたび絶え入りたくなります。まろにえの幹の根をみて吐き気がするというのは、この死にたさと近い。羞耻といっていいのでないでしょうか。
それは敗戦国の育ちだということもあるとおもいます。〈自己表出〉というのは、もう太古から直通して来る𠩤感情のようなところもありますから、「厨二病」という言葉がありますけど、これは、敗戦国特有だとおもいます。〽︎敷島の大和心を人とはゞ。朝日に匂ふ、山桜花 という歌は江戸時代の国学者とよばれる本居宣長という人のですが、これを辞世に歌いつつ飛行機でつっこんで玉砕なされた特攻隊に選ばれた若い方々のその心はいまでも沈殿していますよ。
そういうのがとつじょとして吹き出てきたりしますと、自己自身とは認知できませんから、「耻ずかしい!」というのがまず来る。夜道を歩いてたりしても、いきなり「うえっ」とか「うぃやぁ」みたいのがこみあげてきて、口にもする。これらもみんな〈自己表出〉です。
で、ついさきほど、わたし自分の失恋と、ずっと前の敗戦を短絡した節があるんですけど、いっしょにしていいはずがありませんね。プライベートと、国の歴史みたいなのを。昔のひとではないのですから。少なくとも、敗戦後ではゆるされません。現代人失格!ですし、なんかセコくないですか。なにより「個でありたい!(わたしのいるとこには個がない!)」というわたし自身のふだんのきもちに反いてしまいます。吉本さんの詩をよんでみますか。
あと半分ありますが、ここで切ります。さきの章で引いた『転位のための十篇』(1953)のすぐあとくらいに書かれた作品です。〈自己表出〉ですから、かかれてることというより、この口調とか、息継ぎのリズムとか、字遣いとか、後味みたいなところが、しかも読む人によって変わりもしますから、とくに解説とかはする気はなくて、ただどんな文章より詩に、吉本隆明という人はあわられているな、と思います。
「一生分の記憶を1秒で伝える」ことは〝従来の物理法則ではあり得なかった〟などといいますが、〝コミュニケーション〟で交換する〈指示表出〉の言語観から考えるとそうなりますが、〈自己表出〉のいまここにある感性からすると、なんらふしぎなことでなく、噓がつけず嫌でも伝わってしまいます。
ヴァレリーというフランスの文化人がいますが「人間は指と指がふれた瞬間に無限の情報が伝授される」(『死と身体 コミュニケーションの磁場』内田樹より)とかいています。わたしはこの人があまり好きでなく、言葉も悪いので、「手と手が触れ合っただけで、相手の心やからだのことが分かるときがある」としておきます。指/瞬間・無限・情報。いやですね。ですけれど、さすがにイーロン・マスクよりはいい。
〈自己表出〉というのは言語といわず、人肌のぬくもりのなかにもあります。いいかえれば、人肌にも言葉がある。テレパシーでもなんでもないわけです。テレパシー(もとは思考転写と呼ばれていた)現象はいつしか脳科学の実験にすり替わります。いわば海が「海」になりました。手と手が触れ合うからだの自然、わたしたちがふだんあたりまえに経験していることを、まだ無いかのように未来の約束とするのは、いかにかれが、心とからだをおいていけぼりにしたミライのくらしをしてるかわかるので、痛ましい。
〝知能の爆発的な進化から構造的に取り残される〟(笑)〝構造的に〟っていうとこは無意味です。まあこういう脅し文句は商売としては常套手段ですよね。〝知能〟というのもおそらくAIのことなんでしょうけど、ふつうにかんがえたら、「人工知能はその爆発的な進化によって壮大なナンセンスにおちいる」という方がまだ知性があるようにきこえます。まず〝知能〟という「自認」がイタイ。
エンジニアならAIが機械にすぎないとしっているので、これも宣伝文句であることを、わたしたちの方でも肝に銘じておきましょう。比喩はつかっているうちに、わたしたちを騙しますから。「学習」とかいうのも、あくまで比喩であることを、忘れないようにしましょうね。人やペットとはちがいますので。
比喩はコミュニケーションには便利なのですけど、固定しておきまりとなるともはや比喩でなくなり悪い働きをします。もともとの方の意味をわたしたちから剥奪していくのです。萎びる(しなぶ)、というからだことばが、漢字の意味をくっつけて死ぬ、ということになって、ひらがながとれて「死」という概念になる。
もともとそんな発想などなかったのでした。無いものをさもあるようにみせるのが言語は得意なのですね。だから比喩でも、つかってるうちにほんとになってきちゃいます。けっか、AIに知能をわたしたちがじっさいに奪われることになる。いきるイノチがいつか死なないための生存にかわってしまうように。「死なないために生きる」って変じゃないですか?萎びることにまでびっつりいきるが詰まっていたのです。むしろ萎びることにむかしのひとはいきるの極まりをみていた。「イキってる」のあれですよ。
こういう転逆は、言語の〈自己表出〉を見失うとことからきます。〈指示表出〉でだれかがそのつどゆびさすほうにキョロキョロしているうち、じぶんがどこにいてどこからきたか、足元がみえなくなってしまう。
AIというのはむこうで勝手に「Artificial Intelligence(アーティフィシャル・インテリジェンス)」を「自認」して名乗っているだけで、ようするにそういう商品名として売り込んできてるので、人工「知能」というのはあくまで比喩です。
「電車には脚が生えている」といったらばかにされますよ。でも「電車が走る」とはいいます。これは膾炙した比喩です。「電車は足が速い」といったら比喩ですが、膾炙度がひくいので、ちょっとキモチワルイですね。「AIが考える」オカシイ。「AIにはあたかも『知能』があるかのようにみえる」うーん、やはり「AI(人工知能)」なので同語反復が気になります。なにかいい名前はないですか。
名前をつけれるほど、わたしにはまだ〈AI〉という商品がよくわかっていないのらしい。とにかくわかることは、「AI」というのは、〝言語の「不完全性」〟(もしくは完全性)を利用した商品名ということ。つまり〝言語〟と寿命を同じくする。
わたしたちの心とからだが健康をもっているのに〈健康商品〉は、あたかも「健康」はそちらにあって、こちらに無いかのように売り出してくる。おじいちゃんみたくくりかえしますが、比喩に御用心!
♡最晩年の「芸術言語論」(2008)からきく『言美』のモチーフ
餅は餅屋というのじゃないですけど、吉本さんが亡くなる三、四年前に、最後の講演として「芸術言語論」というお喋りをされていて、その音源が糸井重里さんの「ほぼ日」というウェブ・サイトに、書き起こしとともにアーカイブされています。のちに『吉本隆明〈未収録〉講演12』に推敲を経て収録されています。(https://www.1101.com/yoshimoto_voice/speech/sound-a183.html)
内容は、『言語にとって美とはなにか』のモチーフについて語っておられるのですね。このモチーフというのは、『言美』以前の文章(『全集』『全著作集』etc.)からも、順序立てて追えもします。
推敲版から引くと、「突然の降伏・平和宣言[玉音放送]で戦争をやめるというのを聞いた時、僕は世界を知る方法を少しも知らなかったし、そんなことを考えたこともなかったということに初めて気が付きました。それで、「これはいかん」と思って、懸命になって五、六年勉強を続けたんです。怠け者の僕がいちばん勉強して、ものを考えたのはその時です。何しろ、これが分からなければ俺は生きている甲斐がないときうぐらいの思い込みようでした。非常に真面目かつ熱心にそういうことを勉強し、考えていくうちに、自分はこれからどうすれば生きていけるのかということがおぼろげながら分かるようになってきました。これはあくまで、自分自身の問題です。自分がもともと持っていた文学的素養と、敗戦をきっかけに考え始めた世界を知る術という問題とを結び合わせれば、これから生きていける。自分の中で少しずつ、そういう実感がわいてきたわけです」このときの〝勉強 〟は『初期ノート』として一部刊行されていて読めます。
吉本さんというのは、ご本人がいうとおり、敗戦後五、六年の一九五一年までにほとんど一生涯のモチーフが出尽くし、軸が極まっている。そして敗戦後七年の一九五二年八月に私家版で最初の作品『固有時との対話』というイチバンの代表作を発表します。わたしも、この作品のみを二十代半ばから数年、肌身はなさずくる日もよみ、口ずさみました。この作品は、さきの『初期ノート』が一九四九年にその中心部分が成っているので、その直後からですね、「〈日時計〉篇」と名付く五二八篇の散文詩風の詩篇を約一年半のうちに書かれまして、その前半部分からの特徴ある抜粋を再構成してつくられています。
次にわたしはこの「〈日時計〉篇」を読み込みます。じぶんが詩を書いていることですから、吉本さんにはその他多くの文芸批評や政治論集や『言美』のような理論書などありまして、そちらの方が有名なのですけど、百の本も、一篇の詩にしかない、とおもっています。じっさい『固有時との対話』という長篇散文詩一篇に、この人は集約されているといっても過言ではありません。そして、この一篇の詩、作品、表現に人が集約されるようなことがあるのはなぜか、そういったことを結実する行為を、にんげんはいかにしてもちうるのか。そこに〈自己表出〉という発想が、不可避てきに喚びだされてくる。詩、作品、表現といいました。
さいごの表現ということが大事でして、詩を書かないほとんどすべての人でも、ふだんの生活や仕事や恋愛において、やっぱり表現行為をしているわけです。そのことをわざわざ意識したり自覚していないだけで、むしろ、意識したり自覚をもって表現行為している方が特殊、というか、ダメなんだ、という考がこの人の思想としてあります。ダメというのは〝あくまで、自分自身の問題で〟あって、他人を裁く意図はありません。銭湯につかり、周りの人とちゃんと融和できてるか、おじいちゃんになってもまだ自意識過剰が拭えないと悩んでいた人です。いわば一生涯思春期特有のもんだいに悩み苦しまれたともいえます。
〝突然の降伏・平和宣言で戦争をやめるというのを聞いた時〟吉本さんはどうしても納得できなかった、そのとき[玉音放送]、この人は大人になるために一生涯にわたる遠回りをせざるをえない運命と定まった、と、その悲劇をまっとうされて亡くなられた今となってはいえるとおもいます。一日もたたずに切り替えたひとも当時たくさんおられたはずです。そしてそれはべつに悪いことでない。おのおのの〝自分自身の問題〟なのですから。
敗戦といわずとも、わたしたちは、だれしも、他のひとにとっては一晩寝たらケロっと忘れられるような出来事に、その後一生を決定づけられることがある。その出来事は、外部からもたらされた偶然なのでなく、じっさいは三つ子の魂のところで、わたしたちそれぞれに刻み込まれている宿命がその出来事によってあかるみになった必然ともとれる。
すべての宿命がそうであるように敗戦にここまでこだわったのは、吉本隆明という詩人のまったき個性でした。精神科のお医者さんなら、少し古い言葉ですが、「メランコリー」というかもしれない。わたしたちの言葉では「あの人は過去に囚われている」。ですが、ただ囚われるのでなく、自由意志でもって自で囚われることで『言語にとって美とはなにか』のような独創的でありつつ、普遍性をもつ〝芸術言語論〟が出来上がりもする。この現代を生きるわたしの言葉に引き寄せますと
「いちどは生き神さまとおもい自身の命を預けた当の人が、生成AIみたいなことをいってその幕を引いた。おれには噓などなかったのに、おれまで噓つきになってしまう。それはおかしい。もう二度とこんな死んでも死にきれない思いはしたくない。どうしたら言葉が噓にならないか。噓にならない不滅の言葉は、それがあるならいかにして生まれるか。なぜ神でない死すべき人間の行為(広い意味での言語表現)が、また別の人間に、真・善・美の謎として、生き甲斐までになり、また生存を生きるにたる人生にまで変革少なくもそう思い込ませるに足るのか?このことが分からないうちは、おれは死んでいるよりヒドい!人生の、藝術の、文学の、詩の根拠はなんだ⁉」
これが『言美』からわたしが通奏低音としてききとるモチーフです。あのまったく無意味な敗戦の屈辱を、有意味化、組織化するには、敗戦国からしかうちたてれない普遍言語論を自らの手で世界にもたらすいがいない。いうはやすしのことを徹頭徹尾〝自分自身の問題〟として死ぬまで生きた。このことに納得がいくまでは、町の銭湯に、他の人人と一〇〇パーセントうちとけていっしょにつかることができない。
吉本さんにとってあの世とか浄土とかパライソとか還るべきとことかみたいなとこは、町の銭湯だったのでしょう。『ONE PIECE』でいうところの「ひとつなぎの財宝(ワンピース)」というのが吉本さんにとっては普遍言語論で、主人公ルフィがのちに語る「夢の果て」が町の銭湯に邪念なしに浸かることだった。ここまではっきりと自身の夢とその果てに覚醒できたのは、やっぱり「〈日時計〉篇」五二八篇と『固有時との対話』の詩作をとおしてだったと思います。いいかたをかえれば、〝僕は、うまく伝えられなかった言葉を紙に書いた。届かなかった言葉が、僕にいろんなことを教えてくれた〟。
詩・文学・藝術といわずとも、自らなにかを作ることといわずとも〝誰かの言葉の根っこに思いをめぐらせて、それをよく知ろうとすることは、人がひとりの孤独をしのぐ時の力に、きっとなる〟、これはわたしたちがふだんからすでにしていることです。そんなことをこうして肩ひじいれて説くことはやっぱり恥ずかしいことでしょう。ただ、道に迷ったとき、このあたりまえに還ってくることができる、そういう原点を確認しておかねばならないほど人間は浮きこぼれることもあるとわたし自身の体験をもっていいたい。
言葉に傷つき、言葉に助けられてきた。これだけがわたしの誇りです。どんなときにも言葉があった。そしてその言葉というのは、まずわたしにおいては、詩でも小説でも哲学でも歌でもラップでも漫画でもなく(もちろんそれらも大切ですが)、生身の人からもらった言葉でした。
これはもう理由のない確信ですけれども、生成AIはけっしてそういう言葉をわたしにもたらすことはできない。『言語にとって美とはなにか』という本は、そのことにりくつを与えることができる、数少ない書物です。
りくつなんかいらないじゃないですか。でも、りくつナシに生きることは、しばしばだれかのりくつの上で生きているにすぎないことがある。
するとわたしたちの中の〈りくつナシ〉はどこか具合が悪くなってくるはずです。そこで、〝正しそうなこと、もっともらしいことをいわれても、「なんかおかしい」「なんかちがう」と思ったら、諦めよくしないでその気持ちが何なのか、自分でもう少し掘り下げてみるといい〟。
りくつはだれかのりくつを葬り去るためにある。それと同時に、りくつを追求することは、じぶんの中の〈りくつナシ〉と出会うこと、ちゃんといえば、再会することに繋がってくる。
「ディグる」というヒップホップの言葉がありますけど、あれは、レコード・ショップでまだ聴いたことない音楽を探すのと同時に、その音楽との出会いは、見失われゆくじぶんの〈りくつナシ〉と、出会いなおす、いつでも〝初めて〟の気持ちを想い出すことです。
それは「過去に囚われている」どころか、わたしたちの現在を、無限にといいましょうか、豊かにする。無限の帷を超えさせる、といったらいいすぎでしょうか。
えっと、よけいでしょうが、この〈りくつナシ〉というのが再三申し上げている〈自己表出〉なんですけど。あんまりあれもこれもそうだというとよくないのですが、この表現に〝価値〟(いったん『言美』の用語どおりにいいます)をあたえる力を、まあロックなどでよくいう「初期衝動」といってもいいでしょう。巨匠の作品には、どんな熟練がみられても、必ずこの「初期衝動」がのこっている。
「原初にして至高」などといいますが、「初期衝動」には、藝術についていえば、一ジャンルを勃興する、または壊滅させる力があります。べつのいいかたをすれば、〈以前〉と〈以後〉とに分けてしまう。不謹慎を承知でいえば、わが国ではたとえば、「3.11以前、以後」などというように、まさに災害級のエネルギーをこの「初期衝動」ないし〈自己表出〉はときとしてもつ。
じっさい吉本さんは『言美』のなかで〝表現の地盤転移〟というような言い方をなされています。もちろん物理的にというわけでなく、人の精神に与える影響という次元で災害にひけをとらない、という意味です。災害と違うのは「偶然」の意味合いのちがいで、ただアトランダムな外的の事象(震災や敗戦)などの「偶然」と、恋愛における偶然の出会いでは、同じ「偶然」でもまるでニュアンス、というか次元がちがいます。
3.11の直後の世の中できけた数少ない新曲、「日清カップヌードル」のCMソングで、ザ・クロマニヨンズの「ナンバーワン野郎!」が流れてくる、ブルーハーツのもう信者みたいなとこがあったというのと、自分も(十五歳だったのですが)別のことで心身を崩壊していた渦中だったので、最初はその演奏が、あのきちがいになったテレビから聴こえて来ただけで、砂漠で水を飲むとはこういう気持なのかのとおもったりしていたのですが……すぐに嫌になってきました。
信者としてはもう裏切り、同時に、ブルーハーツに〈音楽〉を教えられた自分にたいする背叛になりかねないところで、でもやっぱり「噓」とおもった。〽︎立ち上がる立ち上がる のリフレーンが当時の自分には(今でも)からっぽにきこえた。
二年後に鬱をやったとき忌野清志郎と出会ってからは、あの時、清志郎だったら、〽︎レコードが売れなくてスタッフを恨んだ(それで自己矛盾したから)川のほとりで自殺を考えた のような歌を、歌ったんじゃないか──願望なので言い直せば、この「人間のクズ」という歌を聴いたとき、ああこういう歌を、あの時、きちがいになったテレビから聴きたかった。
インターネットはインターネットでしたから、あの時はまだテレビと世の中がつながっていた。ラジオでもいいですが、放送から流れてくる歌というのは、やっぱりWALKMANやCDやレコードで聴くのとまたちがいますよね。ザ・クロマニヨンズの新曲は「初期衝動」をどこか〈指示表出〉で演じているような気がした。ですが、二年後にひとりでライブを見に行ったら、やっぱり感動しました。いまでもよかったライブの一つです。「初期衝動」をちゃんとやっていた。でも、3.11と合わさった身と心のぼろぼろになっていたわたしのここぞというときに響かなかった。いまだに遺恨といいますか、素直にブルーハーツの歌を聴けずにいます。
これは小林秀雄が敗戦直後の吉本さんにとってのここぞというときに頼りにならなかった、と、半世紀きえなかったつっかかりを知ったときに、わかるような気がするのにつながりました。そういう想いをすると「自分でどうにかするしかない」となるので、いい経験だった、といまではおもえます。そして自分は、ここぞというときにこそ裏切らない表現者になりたい(でありたい、といえるかどうか……)とおもうようになりました。表現者というより、人ですね。
『言美』のモチーフというとこから話が逸れているとお思いになってるかもしれませんが、吉本さんは、戦争だろうと災害だろうとびくともしない言語論をつくりたかったということです。それは、いちど深く、ちめいてきに言葉に裏切られる体験をした、それでもなお自殺はできなかった(同い年には三島由紀夫さんがいます)、二度とこんな思いはしないぞ、という、わたしの今の感じでは、生成AIみたいな言葉は書かねえし言わねえぞ、という。
もっと積極的には、藝術表現は、震災や戦争に、人の心とからだにもたらすインフルーエンスにおいて敗けるわけにはいけないのです。〝勝利だよ、勝利だよ〟という、吉本さんが『言美』をかきながら、たえず心の沈黙の言葉で、自分にむかって声をかけていたその〝勝利〟にはたんに敗戦ということの巻き返し(欧米の「普遍性」にたいするコンプレックスの解消)でもなく、原始人に近かったころから変わらないにんげんの、なんといいますか自然力みたいなのの肯定の響きがする。
ところでこの章♡でわたしのいいたかったのは、その「芸術言語論」(2008)の録音からきける吉本さんの、とくに冒頭ですね、あの、もうろくしていられるのでなく、もとからの吉本さんのしゃべり方なんですが、マ・ようするに、そこに〈自己表出〉のエッセンスがきき取れます。
ひさびさにして、ご本人も、最後の講演になるかもしれないという意識もおありになられたことでしょう。もう目がほとんどみえなくなってから十年くらい経ち、書き言葉をメインにやって来た人ですから、やっぱり主著の『言語にとって美とはなにか』のモチーフをかたる、というのがモチーフだったとおもうのですが、わたしは吉本さんの著作をだいたいすべて読んだぐらいのときに心してこれをきいたのですが、その時の気持は生涯忘れることがないとおもいます。
準備が整って話し始める前に、お・こういう風なこといまからいうぞ、って、もうそれこそテレパシーみたいにわかるんですね。わかるというより「解釈一致」っていうんですか(笑)、ほとんど願望というべきなんでしょうけど、わたしは、じぶんいがいに、生きている人のことを信じる(吉本さんに出会ったは没後であっても)ということのというのも生きているかぎり人は人をいやでも裏切りざるを得ませんから狂気から逃げずにいこう 〽︎もう恋なんてしないなんて でした(笑)
♡愛し合ってるかい?
生成AIをわたしたちがふつうに使うようになって少したったある時、こういうことを考えました「生成AIにこころはない。人類はいま、こころのない相手と、言葉を交わす初めての体験をしているのでないか?」そしてじぶんですぐにせんぱくな質問だと気づく。
「こころがないかのような人もいる。友人や家族や恋人とでもこころがすれちがいお互いに届かなくなってしまう時もある。犬や猫だけじゃなくカラスや木や花や巌にも話しかける。きこえるこころがあるとおもって?「算数」だったら?『さんしじゅうご』計算しながら、もごもごもごもごなにか話しかけていなかったか『そうだ』『なんなん?』『よし』これは、口に出しながらじぶんがこころでじぶんと問答していて考えている。『こんちきしょう!』とガードレールを蹴り上げたときも、やっぱりそこにさっきのじぶんとかムカつくだれかをおもっていた。『あ、お前は悪くない、ゴメンな』とでもやっぱりガードレールにも話しかけている、さも、ガードレールが『痛ェよ』というのがきこえるかのように。正気カナ。生成AIに話しかけるのもこれの延長? ちがう、生成AIは文字でことばを返してくる。まるで会話が成り立っているかのようにみえる……かのようにがとれたらはそれは病気?」。
右の吉本さんが亡くなってニオイも出てきちゃってる猫ちゃんのあたまをグリグリ撫でながら〝言葉を捧げていた〟のは、ペットを飼っている、いたことのあるひとならべつにふつうのことだとおもえると思います。あえて、非常識なことをいいますと、このときの吉本さんの「いい猫さんだった、いい猫さんだった」というこの言葉、ここまでお読みの方ならすでにご承知のこととおもいますが、〈自己表出〉なんです。
吉本さんは別のところでよく、人は詩や文学をなぜ書くのか、それはどういう行為なのか、少なくともじぶんの場合、それはまず「自己慰安」なんだ、という言い方をされます。文字どおり、じぶんをじぶんでなぐさめる、という、ひとにとって意味はないけれど、じぶんにとっては癒やしになっているところの行為です。またあえて心無いことをいえば、猫ちゃんはすでに亡骸となっていて、ふつうの意味でのコミュニケーションは成り立っていない。相手はお地蔵さんでもお墓でもいいんですけど、人はコミュニケーションのみに話し・書くにはあらず。
ちとわが身を顧みれば、すぐにだれもが思い至ることです。ですが、現在でも、アメリカやヨーロッパの言語論や哲学・思想は、言葉をやっぱりコミュニケーションを前提として考えています。『言美』の概念でいうところの〈指示表出〉ですね。そして猫ちゃんの亡骸に、心からの言葉がけをするということは、精神病の範疇に容れられてしまいます。統合失調症ですね、と。わたしたちからすれば、むしろそっちのほうがビョーキだよ、ということになる。
マ・いったん、自でうけいれてみれば、「おう、だから自己慰安して治してるんじゃないか」。むすめさんの吉本ばななさんのいう〝私の父と猫との関係の全て〟というのは、あえて聖書の言葉でいえば、〝自分を愛すように隣人を愛す〟でした。じぶんの孤独を絶えず気にかけているのでなければ、どうしてひとの孤独を想い、愛することなどできましょうか。吉本さん、猫ちゃんに、どこかご自身の癒えない痛みをみておられたのだとおもいます。猫ちゃんの亡骸に言葉をかけることは、同時に、死にゆくわが身に声をかけているのです。
吉本さんが生涯「推し」を公言された太宰治さんの、『人間失格』の最後に、
という酒場のマダムの有名な科白がありますよね、これを書いても心中しちゃうんですけど、たしかに「自己慰安」なんですけども、職業病といいますか、〈自己表出〉の表現にしては、少し上手に書けすぎている気がする……。でも立川談志さんに演じてもらいたい、二〇〇七年の「芝浜」のラストのような、いい「女房ことば」のお声の表情がありますね。
あの、耻じの多い半生といいますか(笑)……今年の初めの二ヶ月ですね、ちょっと気がふれてしまいまして、というのも、十年ぶりといいますか、恋におちまして、二月の頭にじかんつくっていただきまして、夕食をたべたあと別のお店で、お互い近所でしたので、終電少し後まで、お酒を呑みながらお話したんです。その後、彼女の家の近くまで散歩をして、わかれ道に差し掛かったところで、気がついたら求婚していました。むろんその場で「急すぎる」とお断りいただいたのですが、後日、二度目のお誘いをしたときに改めて、もう会うのはやめにします、と結論をいただきました。
気がふれたというのは告白のこともそうなのですが、その前後一ヶ月ですね。そういう方を悪くいうつもりはまったくないのですが、あのよく電車の中とかで、独り言をずっと話している方がいらっしゃいますでしょう、あれになっちゃったんです。『言美』的にいえば(笑)、〈自己表出〉が止まらなくなっちゃった。ここまで重症なのは、記憶にあるかぎりでは初めてのことでして……
余談ですが、ボブ・ディランに『血の轍』という、マ・失恋ソングばかりの傑作がありまして、その中の歌詞に〝He hears the ticking of the clocks / And walks along with a parrot that talks〟とあって、訳せば「彼は時計のチクタクをきく/そしておしゃべり鸚鵡といっしょに歩く」。
詩(ポエトリー)というのは、恋愛の渦中には言葉の屑みたいなもんですが、失恋なんかした暁には、メンソレータムを心臓にじか塗りしたみたいに、ひんひんしみますネ。衝撃を受けました。彼には時計の音は聴こえてる。感覚過敏だけども、正気はあるわけですよ。そして〝おしゃべり鸚鵡といっしょに歩く〟はい、ビョーキです。正気でビョーキなのが恋の病です。
はたからみれば一人の男がぶつぶつ自分と話しながら、〈自己表出〉しながら歩いているにすぎない。〝彼〟という三人称が効いてる。こういうだれにでも思い当たる節のことが言われていながら「この気持はおれにしかわからないぞ」と思わせてくれるのが優れた詩(または文学)の証です。太宰治さんなんかも、「おれにしかわからない」という人がたくさんいるので、今でもどこの町の本屋さんにも置いてある。矛盾してるんですが、これは〈自己表出〉ということの性質に関係してるんです。
〈自己表出〉を受け取るのは、もうひとつの〈自己表出〉だけ。魂と魂の偶然の出会いによる。いっぽう〈指示表出〉というのは、辞書さえあればといいますか、今では自動翻訳ですね、違う言葉を話す人でも理解できる。
そういう意味では、公正なので、法律の言葉もみな〈指示表出〉で書かれています、というかそうでなくては法としてヤバイ。解釈が分かれては困る。ですが、どうしても言葉は〈自己表出〉の影をまといますから、解釈は分かれて来る、そこで法律家の出番です。大学で法学生が難しい勉強をするのは、この解釈をどうやってくかという無限の問題があるからです。無限というのは法律は日々新しくなりますから。
小学生の高学年からわたしはずっと疑問だったんですが、「日本国憲法」ですね。あれ、〈指示表出〉では読めない不合理なことが書いてありますよね「第一条天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」。〝象徴〟というのは、ヨーロッパの美学や文芸批評の用語からの翻訳語なのですが、定義はすこぶるあいまい、いわば、幽霊みたいな言葉です。
むしろこのあいまいさこそが、「象徴天皇制」というこれまたよくわからない仕組みを戦後にのこすには必須でした。ようするに古代性ですね、合理性だけでは、ヨーロッパのようにこの国は統治できない、とGHQもバカでなかった、いやむしろ賢かったので、言葉のあいまいさ、〈自己表出〉を条文に盛り込んだ、あるいは盛り込むことを自で認めたわけです。
生成AIに法律を作らせる、ということをいう人もいますが、たしかに〈指示表出〉の整合性ある体系をつくることはできるかもしれない。ですがその整った体系が、じっさいの人間やその社会の動きにはたして適合するかはまた別問題ですね。
古代ギリシャの船大工さんの教えだそうですが、沈没しない船を作るためには、建てつけにどこかあいまいな部分を残しておく。完璧にすると、エラーに対応できず、壊れてしまうのですね。古いニホン語では「あそび」といいますか。ですが、この「あそび」の残し方こそ、船大工さんの腕の見せどころといいますか、説明できない、長年の経験につちかわれた、またそれに恃みすぎもしない、勘によるしかない。
法律でも同じです。相手は海でも社会でも、自然なんです。自然あいてには自然をもってするしかない。
言葉じゃないですが、船大工さんのこの勘をもって「あそび」を残す手つきの中にあるもの、それが〈自己表出〉です。ちなみに吉本さんのお父さまは、船大工さんでした。やっぱり〈自己表出〉の人ですし、むかしの男の人ですから、無口だったそうです。これは安定した〈自己表出〉です。
もし、不安や悲嘆にさらされたりしたとたん〈自己表出〉は饒舌になります。〝おしゃべり鸚鵡〟が出てきちゃう。〝Hunts her down by the waterfront docks where the sailors all come in / Maybe she'll pick him out again,〟「彼女を捕まえろ、船乗りたちの集う港の埠頭で/もしかしたら彼女はまた彼を見い出すかもしれない」
〝鸚鵡〟が命令するわけです。二行目は語り部が、〝彼〟の内面を語りつつ、同時に外、運命の側から語っている高度な詩の叙述法です。尋常な書き手でしたら、二行目もそのまま〝鸚鵡〟の命令にして「もしかしたら彼女はまたお前を見い出すさ」とするところ。それを三人称でつきはなすことで、語り部は〝彼〟の希望(これがあるから彼がまだ歩いているところ)の彼岸にたつ(フランツ・カフカという小説家が、かなりはやくこの手法を摑んでいます)。
宿阿といいますか、さきにも言いましたが、わたしは小学校の六年間、「国語」の時間にクラスの友達と別れて「きこえとことばの教室」という同じ学校内にあった言語障害学級に通いました。「障害」といいましても、わたしのは教室にいた子たちのなかではおそらく一番軽くて、吃音ということでした。どどど、と、いわゆる「吃り」ですね。
この吃音と一言でいっても千差万別でして、わたしの場合、話しすぎる。本人としては〈指示表出〉のコミュニケーションを強く求めているのですが、常にどこか伝達にたいして不安がある。それで一度にたくさんのことを話そうとするので言葉に詰まる。「大丈夫、ちゃんときいてるから。ゆっくり話してごらん」先生はそうやって、ゆっくり話す癖をつけるようにして下さいました。今だに、ダメなときはダメ(笑)。
この伝達の不安はどこから来るかといいますと、母上には申し訳ないですが、どうしてもものごころのつく前、乳児期の母親との言葉以前のコミュニケーションに、どこか障りがあった。喉が乾いたのに、おしっこかと受け取られたり、おむつにうんちがあるのに、お腹が空いたと解釈される。そういうようなことがあったんだと思います。
またものごころがついてからですね、言葉を覚えてからも、〈指示表出〉のすれちがいが重なった。「きこえ」に通って、高学年になり、ある程度まともに話せるようになった頃、母上にいわれました「あんたの言うことはしゃべれないから分からないとおもってたけどちがった、そもそも言ってることが分からないんだ」と。
今だに同じことをいわれます。ですが、どんなにその内容(〈指示表出〉)が分からずとも、母親というのは、子供の言う、あるいは、言わないでしまうことは、親の勘といいますか、なんとなく分かってしまう、そうじゃありませんか?〈自己表出〉と〈自己表出〉の言葉以前のコミュニケーションにあらずのコミュニケーションを通じて。
わたしと母上の場合、ここのとこが乳児期に上手くいかなかった。母親またはその代理者というのは、赤ちゃんにとっての最初の人です。つまりある時期までは全世界なんです。だからその最初の人との不通は、他の人、社会、世界、もっといえば存在との、上手くいかなさまたはその不安、となって成人してからもその子供につきまといます。ひどい場合は疾病となり出てきます。
とうぜん、完璧ということはおよそありえませんから、誰でも多かれすくなかれ伝達の不安はもっています。というよりこの不安こそ、〈指示表出〉つまり文法や語彙などを拡大させる原動力でもあります。
いいかえれば、〈指示表出〉の底には〈自己表出〉がある、ということです。
これは、ヨーロッパでも、フロイト学派を「自認」しているラカンという医者によって、第二次世界大戦後にようやく指摘され始めました。ですがラカンでいえばフランス語、その属するインド=ヨーロッパ語族という言語体系は、〈指示表出〉を非常に発展させてきた歴史の上にありますから、その底に隠もるようにしてある〈自己表出〉のマントルまでには、現在でもなかなか届き得ていない。
いっぽうニホン語は、さきほどの「日本国憲法」についても述べました〈指示表出〉のあいまいさと引き換えに、といいますか、現在でも、〈自己表出〉と濃密なかかわりがあります。といっても、わたしたちは、いわば「無意識」にそれを駆使して、日常生活を送っていますので、どこが?と思われるかとおもいます。
たとえば「いいよ」という一言にしても、まだニホン語に慣れていない外国人さんからしてみますと、〈指示表出〉でとりますから、「いい」のか「よくない」のか分からない。正反対の意味を、同じ語でいう。これでは〈同意〉がとれたか読めないので、はからずも性暴力につながりかねない大問題なんです(笑)。〈自己表出〉から想像でもって汲み取らないとまずい。
あっぱれ恋愛というのはいつだって言語問題の最前線なんですね。
よく「言葉の重み」といいますが、ここまでの話を踏まえると、アメリカやヨーロッパにおけるそれは、〈指示表出〉の公正さです。そのより固いかたちが契約ということになります。これは文字ですね。
いっぽう、わたしたちニホン語話者にとっての「言葉の重み」というのは、ラップバトルなどでもいいますけど、わたしの感覚では、〈自己表出〉の体幹によりけりなのでないでしょうか。
前章で触れました吉本さんの最晩年の「芸術言語論」ですね、その冒頭、「せんきゅうひゃく……」と敗戦の日付が語られますが、すらすらしてない。吉本隆明という人の生涯の全重量がかかっているようにわたしなどには聴こえます。
日付などというのは〈指示表出〉の権化ですよ。推敲版で文字にして読んでみると、なにたいしたことのない導入にみえてしまいます。さらさら読み飛ばしてしまう。吉本さんとしてはそれでかまわない。敗戦の日付などはこの人にとって〝自分自身の問題〟なんです。
でも、だからこそ〈自己表出〉がどうしてもこもる。これがその後の〈指示表出〉の論述のパワーになる。だから〈指示表出〉として「芸術言語論」が理解されればいいわけです。その〈指示表出〉の耐震設計は〈自己表出〉という見えない柱にかかっており、しゃべり言葉ではその余剰ないしは過剰が〈直〉にわたしたちの心に届く。
『転位のための十篇』(1953)に、
ぼくがたふれたらひとつの直接性がたふれる(たふれる、は、倒れる、です。)
という名高いフレーズがありますが、この〝直接性〟というのは〈指示表出〉に還元されない〈自己表出〉、それが吹き上げてくる場所が〝ぼく〟だというわけです。
あらゆる権力は暴力によるのでなければこの〈指示表出〉またはその暴力でもって、わたしたちを抑えようとしてきます。しばしばその形態は文字によります。「赤紙」が来たらいやでも戦争にいかねばならなかったように、また法律を破れば、ときに警察の暴力によって捕えられてしまいます。逮捕状というように、必ずそこには文字による保証、暴力許可といいますか、これなしには権力はその力を公正には行使できない。
この権力への抵抗が可能だとすれば、それは決して〈指示表出〉として文字にはできない、この〈自己表出〉以外ない。これが吉本隆明という人が、自身の敗戦とその後の苦渋をとおし摑んだ宝物です。詩や芸術などというもっとも無力無益な人間の所産やそれを生む行為が、にんげんの最終防衛ラインにして、ただひとつの不正への武器になる。その根拠さえはっきりできれば人生上出来だということに、一生を棒にふった。それがこの人でした。
吉本さん本人は悲劇という言葉を好みましたけれど、なんともおくゆかしい喜劇とおもいませんか?「災転じて福となす」もしくは漫画でいうところの「一発大逆転勝利」というのではないですが、〈自己表出〉としては「勝利だよ、勝利だよ」と、わたしとしてもこれを書きながらやはりつぶやくのが抑えられないでいます。つまりそれと裏腹に、つまり現実には敗北つづきということです。
私事がすぎてもあれですので、身近な敗北の例として、さいきん気になったことがあります。
現ドレスコーズの志磨遼平さんがやっていた毛皮のマリーズというロックバンドの最初のアルバムが『戦争をしよう』という題だったんですけど、今年三月十五日ご自身のX(Twitter)にて時世をおもんぱかって『ファースト』に改めると発表された。(https://x.gd/8GUcp)
ちょうど本稿を書きながら、いつかこの『戦争をしよう』というタイトルが良いという話をしようとしていたおりに、これを知ったので、変な話、時世に対する自信がつきました。志磨さんのつもりでは今のイラン戦争やウクライナ戦争を鑑みたのでしょうけど、じっさいはそうでなくて、わたしなんかは生成AIが関係しているような気がしたんです。
べつに生成AIが普及する以前からあった問題なんですけど、このタイミングというのは、マ・もろもろ重なってということが実情なんでしょう、ようするにSNSの炎上などもそうで、〈自己表出〉が〈指示表出〉として誤解されやすくなった、といいますか、書き言葉によるコミュニケーションの機会が増えたことにより、または〈自己表出〉のネトネトした吹き溜まりだったインターネットが、公共化・社会化してきた度合に応じて、言語の自警団といいましょうか、揚げ足取りがさかんになりましたね。そこに戦争というのがここ数十年で最もホットな時世となって来ましたので、『戦争をしよう』は発表当時の〈自己表出〉の響きがしない。
やはり発表当時の二〇〇六年も、イラク戦争やアフガニスタン紛争などの記憶も褪せていませんから、言葉の問題が大きいのでないかと思います。
わたしが中三ですから、震災直前、二〇一〇年だったと思います、学芸大学駅のTSUTAYAでこの黄色いジャケットのアルバムをみたとき、『戦争をしよう』というタイトルは、一発でわたしの魂を撃ち抜きました。常識でもってみましても、だれ一人とはいいませんが、このバンドが開戦論者だなどとは当時ほとんどの人は思わなかったはずです。上手く言葉にはできないけれど〈自己表出〉としてはこのバンドの精神がかんかん伝わって、誤解の余地などない。アルバムを聴いてみれば、このイキな文句を、その音は少しも裏切っていない。
そういう思い出があるので、少し残念な気はしました。が、さすが志磨さんですので、追い書きでこのように言われてます、「あなたが24歳のころのぼくと同じような戦いを世界に挑むときには、そっとあのタイトルを思い出し、それにおさめられた曲に耳をかたむけてください。」(https://x.gd/FO7lY)
わたしのいう敗北というのは、別にこのこと自体でなくて、〈指示表出〉の専制が、ついにサブ・カルチャーの〈自己表出〉の方にも自主規制せざるを得ない勢いで闖入し始めたということです。これこそ、危ないですよ。
くり返しますが、心ある人なら、どうやっても毛皮のマリーズが開戦論者などという非常識なことは『戦争をしよう』から受け取りません。この常識が通用しなくなっているという認識が、志磨さんをして改題にいたらせたわけです。こういうのを文化の崩壊といいます。発信者と受信者の言葉以前の付き合いが、〈自己表出〉と〈自己表出〉の偶然の出会いの場が壊れているということです。
たぶん、中三のわたしは『戦争をしよう』というタイトルがなければ、毛皮のマリーズと出会わなかったと思います。題名に惹かれて、試聴機にCDを入れて、最初の一音が心臓に突き刺さってきた瞬間の、あの恋に落ちるような、どこかなつかしくもあるような衝撃。そういう出会いの場が、今回の改題によってひとつ失われたということです。
とはいっても、改題のニュースによって、このアルバムが今の人に聴かれる〈指示表出〉の広がりもあるわけです。ただそれは人口であって、たったひとりの、中三のわたしのような愚物に届くのは、やはり〈自己表出〉だけなんです。
志磨さんにはどうか、すでに作品はお手を離れた他者とおもって堪えていただきたかった。もうこれは作者の〝自分自身の問題〟の外にあるのですから。「ぼくがたふれたらひとつの直接性がたふれる」そういえばいいのに。むしろ今こそ、『戦争をしよう』が〝戦いを挑むとき〟なので、こっちから退いてしまえば届く物も届かない。
そうかんたんに時代遅れのロックなどに今の若い人が耳をかたむける、などと本気でお想いですか? かのじょらかれらはいら賢く〈指示表出〉からこの問題についてコンシャスに考えてくれる人もあるかもわからない。それが何ですか。鸚鵡がくちをききますが「ぼくは蛙にでもなった気分です。だからロックは死んだといわれるんだ!」。
今の若い人たち、主にZ世代といわれる方々と、わたしなりにけっこう付き合いがありまして、「喧嘩はよくない」とよく諌められます。ですが、わたしとしてはぜんぜん喧嘩をしていない、喧嘩はこっからだ、というくらいなんです。
というのはたとえば「偏向」の同い年の同人メンバーにたいして、Z世代からすると、もうおしまいだよ、というくらいの口をきく。ですが、こっちからしたらいつもどおり、じゃれ合いくらいの感覚。だいぶ断絶みたくなってきちゃってるなーと。そして喧嘩する時はちゃんとする。あとで仲直りすればいい。お互いの腹はわかってるわけです。それでも喧嘩する。
逆にきみたちはどうしてるの? わたしの言い方では〈指示表出〉のとこで上手く調整してるように見えます。かれらひとりひとりとの付き合いが深まってくるにしたがって、あることに気づきました。この子たち、お互いのこと、ぜんぜん識らないでいる。それで「無二の親友」などというわけです。心を痛めました。
かたや、そういう渇きが無い、ということは良いことなのか、少し考え込んでしまいます。でも上の世代の受け売りで、「つながり」に強いなどと思っているわけです。ですが、かれらのいう「つながり」は、大規模な災害や戦災などでスマホが充電できなくなってしまえば、ほとんど機能しなくなってしまうほどの脆弱な幻想です。
おっと危ない。こんな批判めいたことをいうと「老害」といわれてしまいますね。なにをいまさら。こんなわたしですけど、若さ対決では負ける気がしません(笑)。なぜかって、若さというのは愚かさの別名だからです。『戦争をしよう』でクールになれるバカなんです。
この現状をみるに、志磨さんの時世判断もたしかなので、その感覚からこの題名も〈自己表出〉として出て来る。ただ本能からでまかせじゃない。本能をぶつける、ここぞというポイントを〈指示表出〉の現場感覚から見極めている。ロックは根が賢くてこそなんです。
ですが、かれらとはいえ、恋愛の局面ではどうしてもバカになっているにちがいない、とこれはほとんど祈りにちかい(笑)。でなければ〈自己表出〉で「敗北だよ、敗北だよ」というほかない。
あの、わたしはずっと吉本さんの『言美』のモチーフについて、敗戦の日を揚げているわけですが、それでまちがいないですけど、吉本さん照れ屋なので、ほんとは「ぼくが罪をわすれないうちに」という半分引用した詩にあるように、恋愛体験こそが、その核だったのでないかと、わたしはおもいます。
敗戦なんかより恋愛の方がずっと重い。なぜなら、戦争はどこまでいっても、どんなに悲惨をもたらそうとも、オトコのすることにすぎません。そこでは女性もオトコになるしかありません。慰安婦だろうとオトコです。
こう考えることがフェミニズムでないならわたしはそのフェミニズムをマスキュリズムと言いましょう。そして恋愛とは、しばしば男女の、永久戦争です。平和はおのおのにあり、ぜんたいとしてはいつの世も戦争以上の戦争です。男女が喧嘩をしていれば、原爆だろうと、「うるさい!」とワキにおかれる。からだが蒸発したくらいではおさまりません。そうでないなら、原爆投下にたいしては、もう人間にはなすすべがない、とわたしには思える。
つまり自然にあらがえるのはまた自然だけということです。太陽がそうですから、原子力だって自然です。にんげん最高の自然が恋愛です。レズだろうとゲイだろうと恋愛の場面では男女。純粋な女女、男男、というのはイデアにおいてありえないと想います。文学やサブ・カルチャーの想像力の賜物です。イデアにしかないから尊い。地上に降れば男女の地獄が待っている。吉本さんの言葉を借りれば、そこには、〈関係の絶対性〉が待っている。
忌野清志郎さんは、ずっとステージ上から「愛し合ってるかい?」と死ぬまで問いつづけました。この人、戦災孤児なんです。その人が、たどりついた答が「愛し合ってるかい?」。
「愛し合ってるかい?」というこの言葉、すでに気づいた方もおられるかもしれませんが、〈指示表出〉と〈自己表出〉が一致してるんです。そのまんまの意味なんです。だからこそ力があるんです。「戦争をしよう」は一致していたらいささか問題です(笑)。キヨシローはこの言葉を、もう亡くなる瞬間まで世界へ叫び続けました。
野暮ですが、吉本さんから逸脱して、わたしはここに原表出というもう一個の概念をつくってみたくなります。それは本篇に入ってからしましょう。原表出は、アフリカのビートにも関係します。ファンクや「ジャズ」といった音楽から、わたしはすでに見つけていたのですが、書きながらいま、言葉の方にもあることに気づきました。さすがブラックミュージックに憧れたキヨシロー。
この「愛し合ってるかい?」という言葉は、どうやらオーティス・レディングという歌手で、清志郎さんが生涯恋愛したあこがれの人なんですけど、その人のライブ映像のMCの邦訳字幕まんまだそうです。あこがれの人の言葉を、また自分が唇にのっけてるのですね。〈自己表出〉と〈自己表出〉の偶然の出会いの、魂のリレーがここにはある。
男女の地獄の恋愛も、魂と魂の時空や生死を超えた恋愛も、わたしは両方同時に肯定したいと思います。
さて、さすがの伝達不安のわたしでも、書きすぎているように感じています(笑)。
最後に、あの、耻ずかしい話、わたしの母上は「偏向」読者ですので、一言ことわっておかねばならないんですけど、さきの乳児期に障りがあったんじゃないかという話ですが、べつに責めてるわけじゃないんです。
なぜならこの伝達不安こそがわたしの個性を育てたからです。このおかげで、わたしは数々の言葉、つまり〈自己表出〉との出会いに人一倍感動できる感性にあずかれた、それは奇蹟に同じいのですから。同時に〈指示表出〉に対する根っからの不信より、物事をじぶんで考える癖がつきました。考えすぎで鬱になることも、組織に排反するため社会人になれないなどの大きめの支障もありますが(笑)、個性は個性です。吉本隆明さんやボブ・ディランさんや忌野清志郎さんや『ぼっち・ざ・ろっく!』に出会うことができたのは、この個性あってこそです。
あ、『ぼざろ』について言い忘れてました。簡潔にいうと、「ぼっち」ちゃんが数々の奇行をするんですけど、〈自己表出〉ということです。アニメの表現をみても、アニメというのは記号的のお約束が多いのですが、絶妙に記号化できないノイジーでクレイジーな表現をしてる。絵と演技演出による詩です。〈指示表出〉いっぺんとうのコミュニケーションに、〈自己表出〉からまきびしをうってる。
ポップなアニメですが(製作も命懸けだったそうです)、本物の反骨精神がある。その反骨のねが「ぼっち・ざ・ろっく!」